"ヒッチハイクで日本縦断します"




そう決めてから出発するまでの間、沢山の人にそう宣言していました。




自信があったわけではありません。




自分が逃げないようにするためでした。




出発日が近づけば近づくほど不安が募って行き、宣言したことを後悔した日は少なくありませんでした。






ゴールできなくてもいいから、とりあえずやってみよう。
できるできないじゃなく、やるかやらないかだ。





そう自分に言い聞かせて、2019年7月31日、北海道の新千歳空港に向かいました。そこからバスに乗り換え最北端の宗谷岬にに向かいました。






不安。






ずっと、ずっと、ずっと不安でした。





よく、平気でやっているように思われますが、全くそんなことはありません。


海外に行く時もそうですが、正直普通に恐怖を感じています。

それに、行き先を書いた紙を掲げて道端に立つなんて恥ずかしくて恥ずかしくて想像しただけでも本当に嫌でした。すごく億劫。




私の中には、


何でもできる何でもやってやるという豪気に溢れた自分と




出来るわけがない無理だと諦めてすぐに泣き出す小胆な自分が存在していて




そいつらは交互に現れて私の精神をぐちゃぐちゃにしては遊んで楽しんでいます。




最近は周りの人から、度胸があるだとか勇敢だとか言ってもらえることが増えましたが別にそんなことはありません。





みなさんが思っている以上に、私は小心者だし臆病者です。





それでも行動に移せているのは、おそらく単純でバカだからというのと、未来で待っている未知の自分に会いたいという好奇心が私を奮い立たせるからだと思います。










2018年 8月1日 北海道宗谷岬 

観光地のため、車の数は少なくはありませんでした。記念すべき1台目は声がけで行こうと思い、停まっている車数台に声をかけてみましたが、全て断られました。

 


「とりあえず南に行きたいんですけど、どこまででもいいので乗せて頂けませんか?」

 


「ごめんね、乗せてあげられない。頑張ってね。」




その繰り返し。天候は曇天から小雨に変わり、まるで私の心情そのものでした。




休憩しつつ2時間ほど続けましたがダメでした。




ヒッチハイクってこんなに難しいのか。




思っていた以上にうまくいかず、途方に暮れていました。




そんなときです。




見覚えのある車が停まっていました。




徳島からキャンピングカーで北海道に旅をしにきた山田さん(67)でした。




実は山田さんとは宗谷岬に来る前に、稚内市のバス乗り場付近で一度会っていて、ヒッチハイクで日本を縦断するということを伝えていました。




山田さんは、もしかしたら私がまだ宗谷岬にいるんじゃないかと思い来てくれたそうです。




少しでもいいから南に進みたいということを伝えると、山田さんは快く乗車を受け入れてくれました。


その日は山田さんと一緒にウスタイベ千畳岩キャンプ場に一泊しました。風呂なんてものは無いので、公共の水道(写真3枚目)で頭を洗いました。






爽快でした。






もし山田さんが来てくれていなかったら、私は心折れて日本縦断を諦めていたかもしれません。






山田さんのおかげでヒッチハイク日本縦断をスタートさせることができ、この後からはスケッチブックに行き先を書いて道端に立つというスタイルで進んでいきました。




すぐにコツを掴み、9割型10分以内には車が停まってくれるようにまでなりました。








そんなある時、こんなことを言われました。



"はじめてヒッチハイクの子乗せたけど、こんなに楽しいんだね!ありがとう!"




感激。




それからは今まで以上に、乗せて良かったと思ってもらえるように少しでも楽しんでもらえるようにと努めました。





この人が話したいことはなんだろうか。



この人が興味のある話はなんだろうか。

 



探りながら会話を進めていきます。




その成果もあり、別れ際に




ありがとう!楽しかった!




と言っていただくことも少しずつ増え、その言葉が次へと進むエネルギーとなりました。






お家に泊めていただいたり、ご馳走していただいたり、特別にコンサートを開いて頂いたり、ゲストハウスで旅人たちと交流したり、土砂降りの中野宿したり、草むらで用を足したり、
とても順調に進んでいきました。もしかしたら2ヶ月もせずにゴールしてしまうのでは無いかというくらい順調でした。






順調。






だったのですが、








ある方々との出会いがきっかけで、








一度は日本縦断をやめることを決意します。








"私は日本縦断をやめます"

"こんなことをやっていても意味がない"





と泣きながら話す私の声が今でもボイスレコーダーに残っています。

日本縦断中の出来事や写真をsnsに投稿することは控え、少しでもリアルな感情を残すためにボイスレコーダーと日記帳に記録することにしていました。




その理由は、




今回の旅は自分のために行うものであるため、見てくれる人がいることを意識して投稿するsnsに利用価値を感じられなかったこと、



また、良く見せようと無いことを書いたり、話を盛ったり、写真を加工したり、そういった承認欲求を満たすための行為に時間をかけるよりも、今目の前の人にいる人との時間を大切にしたいという思いがあったからです。








でも、この考えが災いします。








"私は日本縦断をやめます"


"こんなことをやっていても意味がない"

 







次の記事で詳しく書きます。