2019/10/10 | へっぽこまりるの関西釣り日記【 関東出張版(๑╹ω╹๑ ) 】

へっぽこまりるの関西釣り日記【 関東出張版(๑╹ω╹๑ ) 】

関西を中心にうろうろとへっぽこ釣りをして楽しんでいる
まりるが、2016年春に関東に引っ越しちゃってさあ大変!
こちらでもがんばるぞ!な、食いしん坊ブログ?です☆(●´∀`●)

9/10に最愛の母が亡くなりました。

元々9月からは岡山の母の家で義父、母、私の3人暮らしが始まる予定でしたが

8/26に「もう限界、早く来て」とLINEが来ました。

慌てて電話すると、
「今点滴中だから後で電話するね」との事。

母は7年前に「後腹膜腫瘍」という抗がん剤が全く効かない特殊ながんになりました。
そして幾たびも転移や再発を繰り返し、
昨年の8回目の手術で人工肛門人工膀胱になり、今年の春の9回目の手術で腸が短すぎて自力で栄養を吸収することができない為週5で点滴を受けていました。
そのうち3回は自宅点滴、2回は通院点滴だったので、丁度その日に連絡があったわけです。

既に岡山に向かう準備はしていたので、慌てて絡繰さんや子供に伝えて荷物を持って岡山に帰りました。

すると、途中で
「限界っていうのが、旦那さんがやなことばかり言うからしんどい。」という内容の電話がかかってきました。

あ、体力的などうこうではないのねw
と、安心して母の元へ帰りました。

すると、覚悟はしていたものの
それ以上に痩せこけてフラフラな母が居ました。

せまいコーポの中を伝い歩きでやっと移動する姿を見て思いました。

「何故こんなになるまで義父は黙っていたのか?」

母が私に心配をかけないように黙っているのは仕方ないけど、義父はもう少しなんとかなりませんでしたかね?とプリプリ怒りながら、
それでもこれから先は一緒に過ごせるからまぁいいや、、、と考えていました。

そして数日が過ぎ、 

8/30
通院時に「通院が体の負担になる」という事で来週月曜日からは今後自宅訪問で
訪問医さんに点滴をしてもらおうという事になりました。

その時に質問はあるかと聞かれたので、
余命はどうですか?と聞きました。
お医者さんは、先日までお世話になっていた大学病院の先生はなんと言ってましたか?と母に聞きました。

母は「6月にあと1年いける?て聞いたら、1年は難しいと言われて、じゃあ半年?と聞いたらそうですね、、と言われました。」と言いました。

「では、そんな感じですね。。」みたいな事をお医者さんも言ってました。

私は去年の手術時にあと2年と聞かされていたので、この時点でかなり動揺していました。

半年?短すぎる。と。

しかし、帰宅後母は
「6月にあと半年言うたから年末?
、、、まぁいうても10月くらいちゃうかなぁ?」と冗談ぽく言うので、
「何言っとん!はええわ!」と返しました。

9/1
車椅子でラーメンを食べに行きました。

9/2
自宅点滴が始まりました。
これからは24時間点滴をさしたままになります。

腕から入れる事ができない高カロリー点滴なので、鎖骨の下に手術で埋め込んだポートから挿します。
24時間なので、針を挿すのは先生ですが、私が1日に一回点滴を交換していました。

この日突然訪問医さんに、
「会いたい人がいたら会わせてあげてください。」と言われました。

それはもうすぐ死んじゃう人が言われるやつのはずです。

いやいや、昨日ラーメン食べに行ったよ?
何を言ってるの?

しかし万が一ということもあるので、
うちの家族に知らせて、千葉から来てもらいました。

息子も絡繰さんも会話はできました。

が、急にはっきり喋れなくなってる。

朝ごはん普通に食べていたのに。
絶対食べたいから買ってきて!と言った穴子寿司を食べられないどころか、お水もうまく飲めれない様子。

9/4
絡繰さんのご両親や、母のお友達が会いに来る。
わかりにくいけど頑張って喋っている。
姑さんが、「まりるはうちの娘でもあるんじゃから心配せんのんよ!」というと、
母は泣いた。

その頃からせん妄が始まった。

時々意味がわからない事を話しだす。

「子供がなんしょん?」
「どこへ行きよん?なぁ?今どこへ行きよん?」
「かぼちゃの引越し。きゅうりもあるよ。」など。

そしてその夜は痛み止めが飲めず脚が痛いとうなされて一晩よく眠れず過ごす。

夜2時ごろに急に
「頭がおかしくなった!頭がおかしくなった!頭がおかしくなった!こわい!」
と言い出したので
「どしたん?大丈夫やで?夢と現実がごっちゃになりよーる?」と聞くと
「うん。わからないん。」と言う。

それはこわいよなあと思いながらも、
「とりあえず寝なあかんよ〜」と伝える。

9/5
痛み止め無しだったからよく眠れていない事を訪問医に伝えると、6時間ぐっすり眠れる安定剤の注射をします。
点滴だと意識が戻らなくなる可能性があるので、普通の注射にしましょう。と言われお願いする。

しかし、それから12時間以上経っても寝たまま意識が戻らない。

9/6
訪問医の先生が、もう体がお休みの準備に入ってしまったのだろうと言う。
起きないのは薬のせいではないと。

9/7
すやすや寝たままで何も変わらず。

この辺りから、点滴で入った水分を体が処理しきれず、むくみが出たり痰が喉に溜まるようになる。
意識は無いけど痰が出た時だけ苦しそうな声を出すので、痰を吸い取る装置を持ってきてもらう。

だいたい二、三時間に一度痰を取る。
鼻から管を入れる耳鼻科にあるやつ。
自分もあれやられるのしんどいのに、練習なしで母にやるとか本当に怖かった。
最初のうちは下手くそだったから嫌だっただろうな。ごめんね。

9/8
昨日と同じ。

9/9
このまま意識が戻りそうにないなら、
点滴は負担でしかないだろうから減らしてもらえますか?と訪問医さんに相談する。
床擦れがやばいのだ。
かなり気を遣っているのに出てしまう。
このままじゃ痛くて辛いだけ。
元々延命処置はしないで欲しいと言われていたのもあり、、、

夜になると少し呼吸が乱れている様子。
気が気じゃなくてずっと手を繋いだままWベッドで横でウトウトする。

9/10の
朝5時半すやすや
朝6時すやすや
朝6時半
呼吸がおかしい。たまに止まる。
その度に体を揺すって息をさせる。

朝7時過ぎに、
繋いだ手を一度だけギュッとした後涙がつーっと出て、完全に呼吸が止まる。

義父を起こしに行くも声が出ない。

義父は母に心臓マッサージをしようとする。

私は止める。止めたくないけど止める。

本人の意思を尊重したい。
もうよう頑張ってくれたやん。
そんなんされたくないから自宅で過ごしたいって言ったんやん。やめてあげて。と伝える。

でも気持ちはうちが一番よくわかる。

今日が最初の月命日だからか、
昨夜から涙が止まらなくて困っています。
お葬式以来泣いてなかったのですが
見ないふりをして過ごしていた箱の蓋がとうとうパンパンになって開いちゃった感じ。

さみしくてかなしくて寝られない困った。

ずっと母子家庭で苦労かけたのに、なんもしてあげられなかった。
大好きなのに。

大好きだから最後の数日間は本当に怖かった。
「怖い」しかなかった。

大好きな人の命が消えかかっているのを
家で一対一で見ているのが本当に辛かった。

こんな事になってから、母の為にまだ何もしてないと後悔するのも辛かった。
この同居で最後の親孝行さしてくれるはずやったのに、させてくれなかった。

最後まで、うちに迷惑かけんようにしてくれてた。お見事すぎるけど、さみしいよ。

半年の同居の予定が2週間て。
なんだそれ!

帰ってきてよ。さみしいよ。
大好きなのに。

我慢してたけど、なんか急にどうにもなんなくなったので吐き出しました。
早く全て終わらせて千葉のおうちに帰りたいです。まぐとろに会いたい。

心配してくれてるお友達の皆様
いつもありがとう!
優しいみんなに救われています。

明日には復活してまた頑張るよ!
今日は諦めてめそめそします!!