一通りの録音過程がひと段落した脱力感からの寒の戻りでまんまと体調を崩し、昼過ぎにダラダラと起床いたしたワタクシ。

正午前に執事が寄越して来たメッセージに気付く。

 

「支配人のツイートでアルバムタイトル発表してください」

「寝ているようなら、広報部でやります」

 

おい、電話しろよ。

 

時すでに遅し、アルバムタイトルもツアー日程も既に発表されて居たのでありました。

支配人、完全に出遅れたの巻。

 

キノコホテル七枚目のアルバム

「マリアンヌの奥儀」

令和元年六月二十六日、発売決定。

 

既に各ニュースサイトからも報じられているように

今回はキノコホテル史上初めて、共同プロデューサー・ディレクターとして島崎貴光氏を招聘致しました。

 

そもそもキノコホテルが創業以来10年余り、外部プロデューサーと云うものを立てずに作品作りをして来た事は、胞子達ならご存知であろう。

ワタクシ、人の言う事って聞けないのよね🐼

 

全ての音作りにおいて自分が采配を振り、時には独裁的になろうとも自分を貫き通す。

そこにはそれなりに重責や孤独感も付きまとう。しかしそんなのものは望むところ。そしてそれこそがキノコホテルだと思って突っ走って来たわ。

でもここ数年、ある問題が自分の中で湧き上がって来た訳。

 

自分が作るものに何と無く飽きてしまって居る自分に・・・

嗚呼、気付きたくなかった。

 

これ迄のやり方で続けて行く事自体は可能だけど、それは完全に流れ作業的なものになるのが目に見えて居る。そんな退屈な音楽生活に何の意味があって?

 

まあまあ悩んだわ。

こんな悩みに付き合ってアドヴァイスをくれるような人も周りに居なかったし、そもそもワタクシが悩んで居る事に気付く人すら居なかった。そんな状況でもツアーは組まれ、実演をこなす日々。会場に来てくれる胞子達だけが心の支え。ステージから降りれば孤独感は募る一方だった。

 

そんな折、ワタクシはシマちゃんこと島崎氏と10数年ぶりに偶然再会したのであった。

 

10代の頃からJ-POPの最前線で、要はどメジャーな分野でキャリアを積んで来たシマちゃんは、音楽界の辺境で細々と活動して来たワタクシとは真逆な世界の人。一緒にお仕事をする機会はまず無いだろうと思って居たわ。

しかし彼は直ぐにキノコホテルに興味を示してくれて実演会にも足を運んでくれたし、CDもわざわざ買って聴いて感想を聞かせてくれたりした。純粋に、いちリスナーとして。

それでたまに相談に乗って頂いたりするようになった訳。

曲作りやそれに付随する作業についての知恵を授けてもらったり、時には業界あるある的な他愛無い会話を重ねながら、ワタクシは音楽家としてもっと学び成長したいと云う情熱を取り戻すに至った訳。

何せ、根が真面目ですので。

 

そして思ったのである。

次回作はこの方と組んでみたい、と。

それが昨年の夏の初め頃。

 

 

・・・長くなったが、まあそのような道のりがございましたの。

 

 

これは結構感慨深い事であり、キノコホテル史上に残る大事件でもある。

全曲の作詞曲、アレンジの大部分をワタクシが担当するのはこれまでと同じでありながら、今回は第三者的視点も上手く取り入れて作品としてのクオリティーが格段に上がって居るのは間違い無い。

まさに新しいキノコホテル像、今後の可能性を堂々と突き付けるリッチで鮮烈な一枚になったって訳。

 

他者の介入を頑ななまでに拒絶して来たワタクシが今回少しだけ成長出来たのは、相手がシマちゃんだったからに他ならない。万一これが、幾ら経験が豊富でもキノコホテルへの見識や理解度が浅かったり、上から物を言うような方だったら現場は間違い無く地獄絵図、ワタクシは途中で失踪して居たであろう。

 

なので、共同プロデューサーの島崎氏、若手ながら敏腕エンジニアとして大活躍してくれた清水氏には感謝の言葉しかございません。

(まだトラックダウン前なのに些か気が早い気も致しますが)

 

 

胞子達の間で、「奥儀」が果たしてどんな物議を醸すのか。

非常に楽しみでございます。

 

 

ではまた

ご機嫌よう。