仕事で。
生徒の韓国人男性が日本語で、韓国の「情」について作文を書いたのですが、その作文についてのやり取りで今まで私が理解できないーと葛藤してたことが、スッと型にはまったような感覚に陥ったので、今日はそれをご紹介。






彼は韓国の「情」について、



「1000円の品物を900円で売れば、それは「情」があるのです
百円で10個のりんごを買う時に、もう一つくれれば「情」があるのです
キムチチゲだけ注文したが、チヂミをサービスでくれれば「情」がある店です」(原文ママ)







と書き、それを






「韓国での「情」という概念は他人に損害を強要する時や、
自分の無礼を隠す目的で使用されます」







と説明しました。








びっくりなるほどびっくり








私が「サービス」だと思って受け取っていた割引や1+1や化粧品の大量サンプルは、









私が相手に「情」を求めたことになっているその結果なのかびっくり









と。











そう言われてみると、今まで理解が及ばないと思っていた韓国人(特に高齢層)の、「相手に苦労や犠牲をやたら強いたがる言動」はこの概念が元凶か!と。そしてそれに応えることこそが「情」なのね…?と、妙に納得。








今まで「情」と言われるとどうしても日本語の「情け」に結び付けがちで、困ったときはお互い様、とか、許し合う心とか、そういうことを言ってるのかとずっと思ってたんですよ。いやー違ったんですねぇ。知らなかったの私だけ…?キョロキョロ









そしてその作文に対して、日本ではこうですよ、と返事をしたくて、日本人には「思いやり」という考えが昔からありますよ、という話に。思いやりとは何か、説明すると「相手の立場になって考え、行動すること」なんですが、これ、韓国語でちょうどいい訳語がないんですよね真顔배려심が一番近いけどちょっと違うし。










話を進めているうちに、いやーこれってもしかして「情」と「思いやり」って対極じゃないのかって気になってきまして…。そしたらもう、そりゃ、国と国でお互いに分かり合えないのも無理ないかな…って気に一人でなってしまってましたチーン








日韓夫婦もココを強要し合う夫婦だとうまくいかないんじゃないかなぁー…と。うちの旦那くんも最初は私に犠牲ばかり求めてきましたが、ここ数年でだいぶマシになってきました。私はいまだに水面下で「相手の立場に立って考える」ことを根気よく旦那くんに仕込み中ですけどねニヒヒ









韓国は日本に比べて変化の速い国民性なので、若い人を中心に、比較的日本人に近い感覚を持った人が増えていますが、根本的にはまだ変わってないかなという感じはします。どんどん変わって、みんなが犠牲を押し付け合わない生きやすい国になったらいいですけど、どうかなぁーーぼけー