Nagashi~その名はマレンコフ

Nagashi~その名はマレンコフ

このブログは、
映画「Nagashi~その名はマレンコフ」のスタッフによって書かれる
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映画「Nagashi その名はマレンコフ」のスタッフブログです。

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まずはBGM ビージーズ 愛はきらめきの中に



お久しぶりです。
「Nagashi~その名はマレンコフ」音楽担当の合田です。

マレンコフさんが流しを初めて28年めの冬。
1977年、巷は「サタディーナイトフィーバー」でキラキラしてて
ディスコは、若者で満杯。
街角のアチコチで、この曲が流れてた。

それから38年、2015年12月29日。
新宿ゴールデン街のバー「フラッパー」
この曲が流れてる。
オイラは、耳を傾けながら、酔ったなぁ~、と。

マレンコフさんの映画ができて、
5年も経つのか。
酔うとオイラは、まず、計算ができなくなる。
んっ、7年か、もしかすると…?
いや、ちがうな、やっぱ5年。


時間をさかのぼること19:00。
大上監督、カメラマンの松岡さんと待ち合わせ。

新宿の焼き鳥屋 番番
店は混んでいた。

ビールのジョッキをカチンとあわせてグビグビグビっと。
何年ぶりだろう。
お二人とも元気そうで安心した。
嬉しかった。

2015年最後のサプライズ。

番番で熱い話をした後、
フラフラとゴールデン街へ。
あの頃のパターン。

フラッパー。

フラッパーも5年ぶりかぁ。
ママさんがいた。

変わってない。
素敵な笑顔。
オイラのコト、覚えていてくれた。

マレンコフさんの映画やってた頃、大上監督に連れられてよく行ったっけ。
月日が経つのはホント早い。

ビージーズの優しい声が心まで届いてくる。

「Nagashi~その名はマレンコフ」は、新宿をはじめ、数回の上映を行った後、
動いていない。


大上監督のモロモロ。
それから震災。


月日はあっというまに過ぎてしまった。



来年「Nagashi~その名はマレンコフ」になんらかの動きがあるかもしれない。

昨日聞いたサイコーのサプライズ。






こんばんは、スタッフの合田享生です。
ホント、ご無沙汰してしまいました。

もしかしたら、もう数名の方しかこのブログを憶えてらっしゃらないかとも思いますが、
アップします。



1968年、マレンコフさんが新宿を流し始めて、20年目の秋、
白黒テレビから、ビックリする声が聞えてた。

あの頃、栃木のヤマザル少年のオイラは、この声を聴いて、
おおおお、人間離れしてるとマジで思った、なんだかわからないけど、すごい。

今、聴いてみると、アハハハハ、当たり前になってしまった歌い方、
まったくビックリしない、
裏声は市民権を得たんだろうな。

今でも、3年に一回くらい、なんとなく頭に浮かんできて思わず鼻歌を歌ってしまう音楽。
頭のどっかに染みついてるんだろうなぁ、きっと…。

つい先日のコト、仲間の、地味な物書き、橘世理からメールをもらった。
そのメールにこの歌詞が引用されていた。
が、彼女は、オイラより若い。
なので、歌詞がうろ覚えでムチャクチャだった。
オイラは、折り返し正確な歌詞をメールで、ついつい送っちゃった。

とてつもなく優しい曲だと思う。

歌詞を読むと解る。

♪きぃと い~つぅかは、君のパパもぉ わかってくれる

出だしがなんといってもすごい。
きぃと、この歌の主人公は、オイラみたくダメなヤツで、
彼女のお父さんが交際とか結婚に反対してるんだろうなぁ。

ところが、彼は、そのお父さんに気を使っちゃうんだよなぁ。
怒ってない。
お父さんと理解しあおうと思ってるフシがなんとなく見える。
そして、彼の恋人である、そのお父さんの娘に諭している、
いつか、わかってくれるって、しかも、必ず、だと。

いつかは絶対に来てほしいよなぁ。
と、お父さん、
きっとさ、彼と結婚すると娘さんは幸せになれるよ、まちがいない。

1968年、昭和43年、この優しい気づかいがある若者が主人公の歌が大ヒットした。

時が経つのは、あっと言う間、
あれれれ、と思ってるうちに時間は過ぎちゃう。
ちょっと前に流行った歌のような気もするんだけど、
今、こうやってこの音楽を聴いてみると、古くてやっぱり40年前の曲なんだって解る。

40年かぁ。
その間にこの国の人たちは大きく変化した…

はてさて、ホントかぁ
変化したのかぁ…ホリョ?

マレンコフさんが新宿から姿を消して2年が経った
2011年3月11日、
地震が起きる。

自然の猛威は、哀しい結果を招く。

そしてそれを受けて、

この国の中枢部の動き
この国を代表する企業である東電の動き
被災地の人たちの動き
一般の人々の動き

この国はあのころから変化したのだろうか?
もし、変化したとしたら、それは、どういう変化なんだろうか?
進化なのか、それともエゴが肥大したのか?
人を大切にするのか、しないのか?

人に対する思いやり、それだけは、永遠であってほしい。

そろそろ1年が経つ。

お休みなさい、大切な人、
あなたに、幸ありますように。


と、最後に、吠えます。

お~い、大上さ~ん。
監督、お元気ですかぁ~!

(大上さんは、老眼だからこのくらい大きな字にしとかないとな、これだったら読めるにちがいない)








1975年
マレンコフさん、流しをはじめて27年め。
ボクは、栃木のヤマザル少年だった。

そう、そして、そのころ、その時期、
スコットランド発、世界レベルで売れたバンドがあった。

スコットランドのお兄ちゃんたちだ。
ボクは親近感を彼らにもった。

なぜなら、彼らには、
ボクと同じく、やはり、ヤマザルっぽさがあった。
同類…同類は同類を見つけるのがうまい。

一緒にするなって…。
アハハハ、だ。

彼らは、きっと、
世の中や音楽をあまり知らずに
勢いでデビューしてしまったにちがいない。

今、改めて見てみると
とまどいみたいなモン、
知らないが故の、若さ故の、あいまいな自信みたいなモンが、
見えるような気がする。

ビートルズは、リバプールのアンチャンから、脱皮した。
音楽家として成功した。

でも、スコットランドの彼らは、脱皮できなかったと思う。



ベイシティーローラーズ。
なんか、非常に久しぶり。

ここ20年くらい聴いたことないんじゃないのかと思う。
ブログにいただいたコメントで聴いてみようと思った。

栃木のヤマザルだったころ…
アハハハ、ホント、遠い日、
英語の先生が言った言葉を覚えてる。

「今、君らはロックとかきいてるけど、
ちゃんと聞いてる人は、これから音楽ファンになって、
ジャズに行くと思う。
そして、ちゃんとそれが解ると思う。
今、流行っているロックとかは、入門みたいなもんだと思います」

アハハハ、ボクは先生の言う事を聞かなかった。
あれから、すんごい年月が流れたけど、
未だにジャズはよく解らない。

そしてベイシティーローラーズが、
音楽的に大したコトがないということがわかっても、
音楽的に、今でも好きだ。

そして今、ボクは音楽を仕事にしてる。

なんかせつないな、とても。

これからジャズを勉強しようかな。
それより、テクノだよな。

時代は変わる。
アンチがジャズだったほうがよかったのかもしれない。
テクノよりもくみしやすい。


流しのマレンコフさんが、
生前、出没したフラッパーというお店がゴールデン街にある。

冒頭に移ってる
元気モノのママさんがいるお店。

ボクには、ママさんが根っからの元気モノとは思えないんだけど、
きっと、
いつかはホンモノの元気モノになるにちがいない、と踏んでいる。

シンガーソングライターのtam。

平日には、飯田橋の居酒屋でバイトをし、
そして、金曜日には、夜通しフラッパーに入り、
さして広いとは言えないフラッパーで、ライブをする。

震災後、
福島出身のお客さんが、
福島の人をtamの歌で元気にしたいと、
tamのライブを撮影しユーチューブにアップしたという。

5月28日。
船橋のカサマさんと電話で話す。
彼は、ボランティアで東北にときどき手伝いに行っている。

6月5日に
東北で、復興のためのイベントをやるという。
そして、tamにそのイベントに出て欲しいという。
ボクは、その話をtamに電話で繋いだ。
↓カサマさんのブログ。

http://ameblo.jp/masaya1015/entry-10907252188.html


昨日、とあるビデオクラブの発表会を覗かせてもらった。
発表会が始まる前に、
繰り返し、東北に対する短いメッセージのビデオを流していた。
ACの例のCMみたいなヤツだ。
5,6種類あったと思う。

その中にこんなビデオがあった。

手伝えるヤツは手伝え。
金があるヤツは金を出せ。
何も出せないヤツは元気を出せ。

なんか妙に納得してしまった。
そうだよなぁ…。

今日、カサマさんからメールが入る。

tamがそのイベントに出ることになったらしい。

~~~~~

申し訳ありません、ここでちょっと宣伝させていただきます。
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http://tandksya.shop-pro.jp/

取り返しがつかない
どうしようもない失敗をやらかしちまった時

行き詰ってニッチもサッチも行かない時

とりあえず原点に戻ってみる。
そこからまた、スタートするしかない。



マレンコフさん、流しを始めて15年め。
まだまだ流しがアチコチに存在していた時代。

テレビはまだまだ白黒で、
クーラーなんてなかった時代。
野球はON(王、長島)
プロレスは、健在で・・・。

それでも幸せだったとボクは思う。

素朴=シンプル。

人は、シンプルに生きた方がいいのかもしれない。
複雑なコトに向いてないのかもしれない。

1963年
ビートルズ 抱きしめたい

バンドは、4人いればOK。

エレキギター、エレキベース、そしてドラム。
シンセなんていらない。
単純で、わかりやすい。

ロックは、それでイイ。

ビートルズは、ドンドン進化した。
音楽的に、リバプールのお兄ちゃんたちは進化した。
今、改めて考えてみると、進化、それがイイコトだとは単純に思えない。

シンプルがイイ。
今、ボクはそう思う。

人は…音楽は、
絶対シンプルでわかりやすい方がイイ。

少しくらい不自由でも仕方ナイ。

幸せって何なんだろうな。
自分の背丈で、無理をしないで生きるコトなのかもしれない。

無理してでもイケイケで、
図に乗って生きてきたボクがそんな風に考えている。

自然に、無理をせず…。

アハハハ、きっとできないだろうな、ボクには。


こんばんわ。
スタッフのアイダです。

ボクが、やはりスタッフの一員として書いてる優しいカルチャーショップのブログに、
「地下茎」の話を書きました。

よろしかったらごらんになってみてください。

オカリナその後…4

で、ここでも、地下茎の話、改めて書いておきます。
以前、何かで読んだ記憶がある説です。

1人1人の人を木に例えます。
木が集まって森になる。

人の世界では、それは国です。
世界中のアチコチに、森がある。

白っぽい木が生えてる森、
黒っぽい木が生えてる森、
黄色っぽい木が生えてる森、
いろんな森があります。

人の世界では、
鼻が高い人の国、
背が小さい人の国、
鼻が団子っパナの国、

いろんな国や森があります。

木からは根っこが生えてます。
そしてその根っこは、この地球上の全ての木に繋がってます。
故に、とある国で100人の人が、
例えば(スゴイ例えなんだけど…)

腐ったマメ(つまり納豆)を食べだすと、
他の国でも
納豆を食べだす人が出てくるという説。

科学的には、眉唾の説らしいんですけど、
なんか、ボクにはありそうな気がしてならないんです。

地下茎(つまり根っこ)は、すべての木につながってる。

そして、ここからは、ボクの勝手な想像。

それぞれの木が、意識をもつ。

哀しみとか、
喜びとか、
やるせなさとか、
しまったと思う、感覚。

それぞれの木、各々の感覚です。
それぞれの意識。

で、それが地下茎に伝わっていく。
そうすると、
木全体を繋いでいる地下茎が意識を持ち出す。
人類の意識、総意。

そんな想像をしました。
そして、その想像がボクの中で、アレレレ、膨らむ、膨らむ。

地下茎の意識を反映して…
というか地下茎の意識が、木の中の1本に伝播してできたのが、
この曲のような気がします。

Queen
I was born to love you

神がかってるもんなぁフレディー。
(やはり、地下茎から、指令を受けたぞ)

ジョンディーコンがカッコいい。
ブライアンも、素敵だ。
ロジャーテイラー、もう何も言えない。

10人が聞いたら、きっと5人くらいは、元気になれる曲だと思う。
なぜなら、地下茎の意識がこの音楽を作らせたから…。

そんな気がしてならない。

ボクは、この音楽から
かぎりない
力と勇気と希望をもらいます。

なんだか、怪しげな、よくわからない事故で、
故郷を奪われた人たち…

今の日本に存在します。

その哀しみはきっと、
地下茎に伝わり、
地下茎の意識(人類の意識)となり、
これから世界は変わるコトをボクは信じます。

言葉を代えれば、世論っていうコトになるんだろうか…。
それより、もっと大切なモノのような気がする。

人は、
いざとなったとき、
人(自分)の力でどうしようもなくなるモノを作っちゃダメです。

ボクは無力です。
今回、この国を襲った災害に

怯え、
憤り、
やるせなくなり…。

けど、今、ここで真剣に考え、
祈り、
そして、関係がないコトなのかもしれないけどギリギリまで生きる。

1人の女性さえ、幸せにできない情けないヤツだけど、
地下茎に想いを送るコトはできるんじゃないのか、

そんなことを考えてます。

福島に未来を…
福島の子どもたちに未来を…
この国の子どもたちに、未来を。

なんかマジに考えてます。

そう、ミンナ、人を愛するために生まれてくる。

…なんか、哀しくせつない。
ウィキによると、
1987年、ブルーハーツはこの曲をインディーズで出したみたいだ。
マレンコフさんが、流しを初めて38年め…日本語のロック。

ブルーハーツ 人にやさしく



2011年3月11日。
怖かったよなぁ。

あの日から…
人が見えるようになった。

非常の時に
人は正体を見せる。

言葉は嘘をつく。
行動は嘘をつかない。
というか、嘘を真実にしてしまう。

ココントコ、普段より考えることが多いような気がする。
自然の脅威を見せつけられた。
社会の底浅さを再確認した。

みたくなかったけどなぁ。
思っていた以上に足元はもろい。
知ってしまった。
この年にして、遅すぎるんだけど、さ。

1987年。
ブルーハーツはひた走った。

飾りがない。
真正面からぶつかってくる。

この人たちの言葉は、言葉じゃないような気がする。

そしたらなんなんだろうな、
彼らの歌詞は。
言葉以上のモノ、
ウン、言霊?、
アハハハ、わからなくなってきた。

例えば、ガンバレって言葉。

通常なら
嘘っぽく
いやらしく
響くのに、全くそうは響かない。


2011年、これから…

あきらめてる場合じゃないな、
走らなくちゃな、思い切り。

足元がもろかろうが、なんだろうが、
走らなければ、変わらない。

どうするのがベストなんだろうな、よくわかんないんだけど、
まぁいいや。
とにかく今は走ろう。
今まで以上に走ろう。
「ガンバレ」って心の中で叫びながら走ろう。


人指し指を、口の前で立ててシーッっていっても、
あなたは、世界中に向かって叫びたいよなぁ…。

秘密の恋にしちゃったら、
ため息ばかりになってしまう。

オイラは、本音言うと
ダウンタウンブギウギバンド、けっこう好きで…
なんていうか演歌なところ、
演歌ロックだよなぁ、ダウンタウン。

クチビルの前で、人指し指を立てシーッ。

でもって
シーッ、ラブ。
シークレットラブ。
こんなに哀しい恋はない。

秘密の恋はまちがいなくキツイと思う。

1976…
今から35年前の話。

でもさ、昔も今も変わらない。

さぁ、愛を取るか、
それとも、愛を錯覚として取るか、

どっちにとっても、自己正当化で、
せつなさと、
哀しさと、
それは変わらないような気がする。

クチビルの前に人指し指を立てる、
それって、かなり残酷なしぐさ。

人指し指を立てるくらいなら、
恋なんてしない。
ホントかぁ…。
オイラは何も言わない、
言葉がないのも言葉。

アハハハハ。
でもなぁ、突然嵐のように来るもんなぁ。
嵐のよな感情。

で、



ダウンタウンって、日本で初めての大人のロックなのかもしれない。
アハハハ、演歌のような気もするけど。
オイラは好きだ。

知らず知らずっていうのが嘘だ。
まちがいなく、そうなってるのは自覚してると思う、この歌の主人公は、さ。
煙草は、多分、男と女の機微に関わる小道具だったんだと思う。
1977年、さだまさしのヒット曲。
ホントにヒットしたんだろうか。
よくわからない。

オイラはこの曲が好きだった。



ひさしぶりね 
あいかわらず元気そうで安心したわ(彼女のセリフ)

(何があいかわらずだ、バカヤロ、何、安心してんだよ(怒)…オイラのつぶやき)

昔のよに君は笑って煙草に火をつけて(さださんの言葉)

(そか、まだ煙草吸ってるんだ…オイラのつぶやき)

驚かずに聴いてくれる
あれからワタシどしたと思う
つまるところ
落ち着くところに落ち着いたのワタシ

(何、報告してんだよ、聞きたくない…オイラのつぶやき)

まさかと思うけどいつまでも
気にしちゃいないでしょうね
日に焼けた肌が染みになったところで
それはおてんとう様のせいじゃないのよ

(言わないけど、絶対に言わないけど、気にしてるぞ…オイラのつぶやき)

だから
そんなふうに哀しい顔 
今夜だけはよしてちょうだい

(…  …オイラの沈黙)

雨の日には誰だって傘をさすものよ(彼女のセリフ)

(そうだよな、傘ささないと濡れちゃうもんな…オイラのつぶやき)

<調子がいいギターの間奏>

みんなはどう元気でいる
ワタシのコト憶えてるかしら
あのころワタシ
子どもだったから
ミンナを困らせたわ

(今だって心配だ、回りを困らせてンじゃないのか…オイラのつぶやき)

今になって考えれば
アナタはとてもいい人だった
だからこそ落ち着くトコへ落ち着いたの2人

(どうせ、いい人どまりだよ、オイラは…オイラの怒り)

人はミナそれぞれに自分の時刻表をもっているのよ
アナタとワタシの場合はどちらかが列車を乗り違えただけのことじゃない

(…  …オイラの沈黙)

だから
そんなふうに自分のコト苛めるのはよしてちょうだい

(…  …オイラのますますの沈黙)

解るでしょ
風の日には誰だって目をつぶるわ

(そうだよな、目に入ったらイタイもんなぁ…オイラのつぶやき)

それにしても
久しぶりね あいかわらず優しそうで安心したわ(彼女のセリフ)

昔のように君は笑って
煙草の火を
煙草の火を
煙草の火を消した

(消えちゃったよ、
煙草の火が、あのころの日々みたいに
おおおおお…オイラの慟哭)

<エンディングguitar>

なんで
さださんは、歌の最後に、
「煙草の火を」と3回繰り返したんだろうな。

多分、「消した」を強調するためなんだろうなぁ。

で、この曲、
かなり残酷な現実を
ポップな明るいメロディーに乗せ、
サラっと歌った名曲だと思う。

で、で、で、
それは、さておき…

人は1人では生きられない。
自分を取り巻く人たちと、接点をもち、
もちつもたれつ、生きてる。

けど、それがいつまでも永遠に続くわけじゃない。
必ず、終わりが来る。

でも今、この一瞬は永遠に続くと思う。
人を大切に生きていれば…。
今を必死に生きてれば…。

「吸殻の風景」みたいな自分勝手な、オンナもいる。
でもな、裏を返せば
まったく自分勝手じゃないとも思う。

彼女は、
子どもだったからミンナに迷惑をかけながらも、必死に生きた。
オイラには、
そのときの彼女、決して、子どもだと思えないんだけど、な。

今を大切にしたいと思う。
必死に行きたいと思う。

今、同時代に、この国に生きてる人たち、
接点も何もないんだけど、今、同時代に、この国に生きてる人たちがたくさんいる。

で、こう思う。

でも、でも、今、同時代を、この国で、生きてるだけで、
接点があるんじゃないのか、と。

今、オイラは大したコトはできない。

でもな…

健闘を心から、
祈る。
3月。
どういうわけかのグチャグチャスケジュール。
風邪。
でもって、地震。

何をやってるんだか、ワケが解らない状態の合田でした。

4月になってからも、
あまりの事態の深刻さに、言葉がでなくなった。
自分の言葉があまりに卑小に思えて、
ブログが書けない。

3月11日を境い目に世界は、一変した。

おひさしぶりです。
合田です。
書きます。書かないと始まらない。



上を向いて歩こう
坂本九の1961年のヒット。
1963年では、アメリカでもヒット。

上を向いて歩く…
なぜなら、
涙がこぼれないように。

涙はこぼさないもの。
星もにじんでらぁ。

日本人だなぁ、と思う。
日本人の美意識。

自分の中にも、しっかりとこの感覚がある。
涙はこぼさないもの。
見せるなよ、涙を…。

オイオイ、泣きながら、
ボロボロ、泣きながら、
歩いたっていいのにな。
本来は、その方がいいんだろうと思う。
それが自然なのにな。
やせ我慢な日本人。

で、
はたまたこういうのも、ある。
今日は、
よりロックな、RCの「上を向いて歩こう」にした。
1979年!

今、なんか、
RCの歌い方がピンと来てしまう。
こんだけ暴れながら、
走り回りながら、
叫びながら、
歌うと、
もう、涙なんだか汗なんだかわかんない。

キヨシローは、戦ってる。
やっぱりやせ我慢は感じるんだけど、さ。

涙よ、汗と一緒に飛び散っちゃえ。
そう、今だけでも。

そうあってほしい。
負けんなよ、キヨシロー。