手帳のメモ


希望は遠い星の光です

絶望を踏み越えた先に、本当の人生が待っているんですよ

ーー本当の人生というのは?

特別なことじゃない

ただ生きてゆく
つまりは生活です

働いて暮らしてゆくこと

人と関わること

愛し合うこと

傷つけあうこと

それを死ぬまで繰り返す。

単調で忍耐の要る作業です。

でもそれは誰もがやっている至極当たり前のことだ

罪を償った先に待っているのは
平凡で普通の生活だなんて割りに合わないと思いますか?

でもね、その当たり前のことが難しくて尊いんです。



あなたがこれから行くべき道は
果てしなく遠く困難だ

あなたはかなたにあるわずかな光だけを頼りに
試練をのりこえていかねばなりません。

とても勇気のいることです。

でも絶望を知り、
それでも希望を捨てない人間がいるならば
その人こそ真に誇り高い人間だと
私は思うんです

あなたに誇りある人間の道を歩んでほしいんです。

あなた自身が星になるんですよ

暗闇を照らす光

その光が
いつか誰かの目になることもあるでしょう

誰かの絶望にあなたが希望の光を投げかける時がきっと来ます。

それは意味のあることだと思いませんか。

魂の喜ぶ仕事がしたい

テーマ:
入試を受けてから、長い夏休みがあり、9月シーズンが始まって、気がつけばもう11月。

入試、残念ながら不合格でした><


試験本番前のピアニストとの合わせでは、すごくいい感じだったのに、本番で少し集中力が欠けてしまったのか、一番の売りのアリアで失敗。

まああそこまで派手にこけたら、もう笑うしかありません(笑)

ということで、残念だけど、今回は学生に戻ることはできないということに相成りました。


はたと気がつくと、この11月で仕事を始めてちょうど3年になります。
石の上にも三年。というように、当時私は、「まあとりあえず3年続けてみようか」と決めた。

その3年があっという間に過ぎた。

そして、今の自分に今後のしっかりしたビジョンはまだなし。

生活のために、安定した仕事があるということは大事。
でも、安定って停滞にもつながるのよね~というのが私の感想。

安定は安心。安心すると人って挑戦しなくなっちゃうのか、仕事が落ち着いてからの私はなんか以前の私に比べるとのんびりだらり。ましてや、どこかにチャンス転がってるかも?!なんてギラギラもしていない。

でも、ちょっとは考える。
「こういう生活が定年まで続いてくのかな~」って。

お給料がすごく増えるわけでもないし、こうやっていわばルーティンワークを繰り返していって、定年を迎える。

先が見えすぎて、つまらない。

もちろん、ルーティンワークといっても、取り組む作品や一緒に仕事する演出家などは毎回変わっていくのだから、それなりに新鮮味はあるし、楽しいと思うことはかなり多い。

でも、根本的にずっと「合唱」をしていくのは同じ。

生活のためだけにこの仕事をしていくというのであれば、それはそれで良し。

果たして、私はそうなのだろうか??

この仕事を始めてから抱えているある種の葛藤。

声楽家として生きていくことに生きがいを感じるのであれば、生活が不安定でも、ソロで歌える機会があるフリーランスを目指すべきではないか?

しかし、自分がそれに見合う実力や精神力があるのか?(ちなみに、この3年、私は自分の力の無さを本当に感じて、何度も自信喪失した)

もしくは、生活のために、音楽とは違う仕事を持ち、趣味の延長として音楽と接していくのもいいのではないか?

私は若くはない。
その若くない年齢で、今自分の声種を変え、レパートリーも一新&開発、訓練しつつある。

そのことが果たしていつか、魂の喜びをもたらしてくれるのだろうか?

もちろん、過去に「歌えそうだよな」と思っていたソプラノのアリアなんかを今勉強しているとそれだけで楽しい。

ただ、それの使い道があるのか?
と考えると。。。

声種を変えてオーディションを受けるにも、年齢があまり高くなるとメリットはない。

この3年、人生で初めて「自立することの楽しさ」を知り、安定することは素晴らしいと思っていたが、その影に「停滞」や「堕落」(←まあこれは言い過ぎかもしれないけど)が含まれていることをうすうす感じてはきた。

それでも石の上に3年居てみた結果。まだまだ「次はこっちへ!」という答えが発見できていない。

それと、仕事を始めてから、新しい人との出会いが極端に少なくなった。
これは痛い。

何もしなくても、出会いと別れが普通に当たり前に存在していた学生時代が、いかに恵まれていたか!

自分で特に努力しなくっても大学へ行けば、そこに新しい出会いや気の置けない仲間がごろごろいたんだもの。

今は、そういうのを自ら働きかけていかないと、新しい出会いもやってこないし、気のおけない仲間も作れない。

この3年、本当にいろいろなことがあって、濃ゆ~い人生経験をさせてもらった。いっぱい笑っていっぱい泣いた。悔しい思いもずいぶんした。世の中には、私の想像をはるかに超える、さまざまな考え方や性格の人がいるんだと学んだ。

人が怖くなって内向きになったり。あたらず触らず人と接する努力をせざるを得なくなったり。

その間、安定&停滞していたからこそ、自分と向き合える時間がたーっぷりあった。

しかし、そろそろ、自分から何か働きかけないといけない時が来ているのかなーと。

それが何なのかはまだわからない。
でも、なんとなく、自分の目が、心が内向きから外向きに転換していっている感じがある。

それのきっかけが、もしかしたら夏の入試だったのかもしれない。


自分の魂が喜ぶために、何をするか。何を選ぶか。
怖がらず、自分に正直に生きていきたい。

なーんちゃって。秋の夜長のひとりごと。。。







入学試験

テーマ:
オーストリアに来て2年半。
日々の仕事や生活で、何か目標や目的を持って歌の練習をすることがすっかり少なってしまったことに危機感を感じていたのと、長年慣れ親しんだメゾソプラノという声種からソプラノのレパートリーを新たに増やしていこうとしていたこともあり、実は思い切って、ソプラノとして、音大の入試を受けてきました。

私が受験した過程はPostgraduateという、マスターまで修了した人の為の、2ゼメスター(1年間)だけのごくごく小さな過程。

自宅から通学圏内であるウィーン国立音大かザルツブルクのモーツァルテウム国立音大、どちらに挑戦しようかと悩み、授業料が1ゼメスター500€と、ウィーンの半分(ウィーンは1ゼメスター1000€)であったのが決めてとなり、モーツァルテウムにしました。


SERVUS!!-mozarteum





ザルツブルクには何度か観光に行ったことはあっても、モーツァルテウムに訪れたのは今回が初めて。

でも試験の感じはドイツもここも変わらない。

ただ面白かったのは、声楽の受験生にイタリア語を話す人がかなりいたこと。アジア人が多いのはどこも一緒だけれど、イタリア人が結構多いイメージ。

試験で私を担当してくれたコレペティの先生もイタリア系で、彼が私を含めて3人の受験生を担当してくれたのだけど、私以外皆イタリア語が話せる(イタリア在住ブラジル人、イタリア人、イタリア系スイス人)ので、主な会話はすべてイタリア語だったのが、私にとってはすごく新鮮だったのでした。

あと、よく耳にしたのは英語。
英語しかしゃべれない受験生もたくさん来ていました。
それも、ドイツ時代とは随分違う印象。



さて、肝心の試験ですが、予めメールで送られていた資料に「当日の受付は8時半から」「試験は10時開始」「順番はアルファベットでなく年齢順」とあったので、私の受験する過程はおそらく、bachelor学部やmasterの後だし、私は年寄り受験生だから、急いで行かなくてもいいよね。
と思い、9時過ぎに受付に到着。

そしたら、見せられたリストの私の順番は14時半からの枠。

もうその時点で、今日は待つ一日になりそうだなぁというのは十分予想できました。


受験生用に割り当てられた部屋が10部屋くらいあり、そこで、自由に受験生は発声練習などをすることができました。

疲れない程度に、私も発声練習などしました。


その日、試験は当然のごとく予定より長引き、やっと自分の番が来たのは16時半過ぎ。

bachelorの学生は1曲自分で決めて歌うらしいのですが、masterやpostgraduateは2曲(1曲は自分で選び、もう1曲は審査の先生方が選ぶ)を歌います。

7時間ほど待って、歌った時間はおよそ10分弱。

しかも、私の場合、最初に自分で選んで歌った、一押しの曲を最後の繰り返しで無意識に何小節か飛ばしてしまい、むちゃくちゃになってしまいました(笑)


もう、そうなったら仕方ないので、笑うしかない!
私はこちらで仕事を持っているので、受け入れしてくれる学校がなければ、母国へ帰るしかないという一部の外国人留学生より、随分と気楽なものでした。

イタリア系や英語を話す人など、ドイツ語を話せない受験生がたくさんいたので、「ああ、この学校はドイツ語に厳しくないんだなぁ」と思いましたが、
実際私が試験で歌った曲は2曲ともドイツ語の歌。

1曲は自分で選択こそしたものですが、2曲目もドイツ語が指定されるとは意外。

ということは、もしかしたら、やはり、ドイツ語ができるという能力はある程度外国人留学生に求められているのかもなぁとも思います。


特に、声楽という分野だと、言葉が必要ですから、当たり前といえば当たり前なのかも。

ドイツ時代の私の師匠(ドイツ人)は、とてもドイツ語に重きをおく人で、いくら上手に歌えても、ドイツ語ができない場合は「ドイツ語を勉強してから出直すように」ということで不合格になった人もいました。

いずれにせよ、言葉ができることはマイナスにはなりません。


長い待ち時間にぐったりして、肝心の試験、しかも私一押しの曲で崩壊し、散々なソプラノ試験デビューとなりましたが、
かの、バーバラ・ボニーさんの前で歌えたことはミーハーな自分としては嬉しかったし、崩壊した箇所意外は、自分らしい音楽ができたと思うので、割と満足しています。


試験会場だったホールは、ミラベル庭園を横切ったところの新しい建物の中にあります。
大きな窓があり、明るく、響きもなかなか良い印象(自分の声の響きが自分にもわずかに聞こえる感じ)でした。

さあて、あとは、合否の結果。
劇場のオーディションではないので、上手く歌える人が必ずしもチャンスが大きいとは私は思いません。
そうでなくて、どこか伸び白がある人。そういうのが入学試験では結構重要になってくるのではないかしら。


また、先生方の定員に空きがどれだけあるのか、ということも、合否にかかわってくるので、正直、試験の結果には一喜一憂することはないと思います。


さあ、どうなることやら。。。。

心の声にしたがう

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私は一応声楽の世界に入ったときから「メゾソプラノ」としてやってきた。
ごくごく初期の頃、一度「ソプラノ」として試してみるも、なんとなく、またメゾに戻って、それからずっとメゾのまま。

ドイツでも声域はメゾとして大学で勉強し、卒業し、今の仕事でも担当声域は低い声。

声楽を始めてかれこれ14年ほどになるが、これまで、マスタークラスで教わった先生などに、「君はソプラノじゃないの?」と何度か言われたことがある。

私自身、実はメゾの声域を歌っている現実と、自分の本当の心の声にたびたび不一致を感じてきたのは事実。

でも、ずっとメゾでやってきたし、メゾとして使ってくれる人がたくさん居るのだから、今更自分の声域を変えることもないか~と思っていた。

そして、「ソプラノに挑戦してみたい」という心の声をどこか抑圧してきた部分がある。


私はアルトにしては高いけど、ソプラノとしてはちょっと低い声の持ち主(自称)なので、自分の声がいったいとどこに属するのか正直分からないところもあった。

でも、そんな中でも、人の歌を聞いたりした中で「あ、これは私にも歌えるなぁ~。歌ってみたいなぁ~」と思ったソプラノの曲がかなりある。

今私の声楽の先生として色々なアドバイスをくれるコレペティさんが、「君はソプラノだから、ソプラノの曲を試してみたら?」と強く勧めてくれたことに背中を押され、かつて自分が「私にも歌えそう」と思った曲などに挑戦している最中だが、自分にピンと来た曲って、不思議と私の声にぴったりのものばかりだと気づいた。

やはり、自分の内なる声は気づいていたのだろう。合う歌がどんな曲なのか、ということを。

頼もしいコレペティに出会えたお陰で、声楽を始めて14年もたった今になって、イチからレパートリーを増やす作業をしている。
大変だけど、かつてあこがれた曲を色々と試せるのがとても楽しい。


そもそも、アルトだとか、メゾ、ソプラノ…と、声域を区別してしまうのは私は好きでない。


合っている曲であれば、メゾだろうがソプラノだろうがじゃんじゃん挑戦してみればいいのだ。

不一致を感じながら頑張るよりよっぽど健康的。
心の声に耳を傾けるということを、今になって実践してみている今日この頃。


今まで築いてきたレパートリーを一掃して、新たにイチから作っていくのは大変だけど、心の声に従っているから平気平気。
むしろ楽しい。


この楽しみをもって、今新たに挑戦したいこともできた。
例えばこれが10年先だったら、多分できなかった、挑戦しようと思いもしなかったであろうことなので、頑張ってみようと思う。