息子が私の付き添いで学校へ行くようになってから2ヶ月以上経った今、ふと自分が今すべきことが何なのかわからなります。

 

今息子が学校へ行っているのは、先生が学校への抵抗をなくそうと、色々考えてくれているから。


楽しいことしかしていないから。


学校への抵抗をなくそうとしているのは間違っていません。


でもどうしてだろう、少しずつ行けるようになっても心がスッキリしませんでした。

 

むしろモヤモヤとした気持ちになります。

 

学校へ行く意味って何だろう?


今の授業は息子が好きなことと勉強をうまく織り交ぜているけど、「それだったら家でもできるな」と考えてしまいます。

 

家でのんびりやった方が、もっと楽しいんじゃないか。


学校へ行けなかった半年間とやっていることは同じで、結局場所が変わっただけだ。

 

子供が安心するまで付き添わなければならない。いつまで続くんだろう。


楽しいことから学校への信頼を回復する・・・じゃあ回復できたとき、ずっと同じように楽しいことから学べるようになっているの?

 

学校へ行く意味って、なんなんだろう。この無限ループです。

 

この間、私は息子に聞いてみました。
「学校に行きたくないなと思うことはない?」と。


どうしても、辛いと思ってないかな?と心配してしまいます。


あれだけ傷ついて、もう傷ついてほしくないから。

 

すると息子は「たまに一瞬、行きたくないと思うことはあるけど、でも一瞬だけだよ」と。


それを聞いて少し安心した反面、息子は忖度しているのかもしれないなと思いました。

 

後日改めて息子に聞いてみました。
「学校は、行きたいと思って行ってる?それとも行かなきゃと思ってる?」と。


そしたら「行かなきゃと思ってる」。

 

これでようやく、自分の心の中がスッキリしたというか。
周りのことを思って、がんばって学校に行ってるのかなって。


「行かなくてもいいなら、行きたくない」と息子ははっきり伝えてくれました。


「でも楽しい行事は行きたい」と。

 

”自分が楽しいと感じることだけは参加したい”
これは甘えやわがままだと取られるかもしれません。


ただ、こうして自分の気持ちを伝えられている子供って、なかなかいないのではないでしょうか。


もちろん受け止める側がどう受け止めるかにもよりますが。

 

”行かなきゃならないから”と思って、頑張って、ムリして。
そうやって我慢している子供はけっこういるんじゃないかと、私は思います。


息子に「行かなきゃならないと思ってる」と言われて、気がつきました。

 

どんなに親が「行かなくても大丈夫」「ムリしなくていい」と言っても。


子供はまだ狭い世界しか見られない、狭い世界しか知らないから、どうしても「学校に行けない子はダメな子」だと思ってしまうのかもしれません。


だから辛くても言えないのかもしれない。親に心配かけまいと、心に秘めながら毎日を過ごしているのかもしれません。

 

その罪悪感のような気持ちを払しょくさせなくては・・・でも親の私でさえ今の状況が不安です。


不安をなくすには、まだ時間がかかります。


大人が学校以外の選択肢を・・・と思っても、なかなか自信を持った選択肢を示すことができません。

 

今、こうして自分の気持ちを伝えられている息子はある意味安心なんだろうと思います。


それでも、どうしても学校に行こうとする。
ただ、私に本心を話して息子もまた少し安心したみたいで。


ムリにがんばろうとしてしまう性格は、すぐに変わらないだろうけど・・・。

 

同じように、「学校以外の場所へ行ってみたいと思うか」聞いてみました。


すると答えは学校に対する答えと同じでした。
「行きたいというよりも、行かなきゃと思う」と。

 

不登校になって、フリースクールのような”学校や家庭以外の居場所”があれば・・・見つけてあげなきゃと思っていたけど、今はまだそういう時期じゃないのかもしれません。


「行かなきゃ」という気持ちなら、息子はまた学校のように頑張ってしまうから。

 

自分の重い腰がどうしても上がらなかったのもきっと、そういうことだったのかなと思っています。


子供が本当にそれを望むのか、それは本当の意思なのか。
結局どこかで大人の意思に比重がかかってしまっているのかもしれません。

 

今気がつけて良かったんです。


このまま過ごして、いつか学校にまた一人で通えるようになったとしても、結局また同じことが起こる。


”学校は行かなきゃならない場所”だと思っている以上は、頑張りすぎてしまうのだろうから。

 

学校は「行きたい場所」ではなくて、「行かなければならない場所」だと子供は思っていること。


楽しいこと以外は仕方なく行っていること。


このまま行ける状態になっても、同じことの繰り返しになるかもしれないこと。

 

不登校でも安心できる環境を整えるのにはお金がかかる


連絡帳に自分の気持ちを書きました。返答はこうでした。

 

「頑張りすぎず、楽しい、行きたくなる学校であってほしいと私も思います。」

 

これはたった1人の先生が思うだけでは、たった一人の親が思うだけでは、やっぱり変えることができません。

 

私自身、「学校に行かなくても大丈夫だよ」と口では言えても、心の中では不安だらけです。


親がこうではいけないんだろうけど。
大丈夫だと思っているつもりでも、今の義務教育の現状を見るとやはり不安になります。

 

学校そのものが合わない、辛い子供はたくさんいます。


行くことが当たり前ではなくて、行かなくてもいい、行かなくても学べる、学びが保証されるという選択肢がほしい。

 

選択肢がないからこそ、親も子も悩み傷つきます。
そろそろ義務教育期間でも通信教育できるようにならないかな・・・公的なもので。


私的なものはあるけど、金銭的理由であきらめざるを得ない人だって、たくさんいるから。

 

学校へ行けない子供とその親は、周りが思っている以上に思い悩んでいます。


気持ちだってブレます。当然だと思います。
付き添い登校だって、親が付き添えなければできません。

 

別室登校だって、適応指導教室だって、そこは本当に子供が行きたい場所なのか。


適応指導ってなんでしょう?行けない子供は不適応なのでしょうか?

 

”通えないから学べない”ではなくて、”通えなくても学べる”環境を。
”通えないからダメ”ではなくて”通えなくても大丈夫”と安心できる環境を。
学校が”行かなきゃならない場所”でなく”行きたい場所”だと思える環境を。

 

これは個人が訴え続けるだけでは変えられないけど、声をあげていこうと思います。

 

 

★関連→新学期の始まり。辛いことや我慢して苦しむことのない一年にする~信頼関係の大切さ