昨日は息子がお昼ころまで起きなくて、娘と2時間ぐらい延々とLINEで話していました。

 

娘とは訳あって別々に暮らしているので、普段は電話するよりLINEする方が格段に多いです。


私自身電話が苦手というのもありますが、なんとなく文字にした方が本音で話せる気がします。


面と向かって言うと恥ずかしいことも、文字なら言える。
そんなところもあるのかな?と思います。

 

 

絶望せずいられるのは、娘の存在がとても大きい

色々話している中で、息子の話になって。


「たぶん4月からも行けないかなぁ」なんて話したら、「ムリすることないよ。学校行けなくても、正直普通からはみ出てる方が面白い。」と。

 

娘が今、学業も仕事も生活も楽しんでいるからこそ言えることで。


娘自身も人とは違う人生を歩んでいるけど、堂々と生きています。

 

私の娘のように、周りと違っても気にせず堂々としていける子供は多くないのかもしれません。


でも一番身近な大人である親が受け入れて肯定的である方が、子供自身の生きやすさは格段に違うのだと思います。


親が一番の味方で理解者であれば、子供は安心して過ごしていけるのではないでしょうか。

 

息子を見ていても、そう思います。

 

親が見守る中で、信頼できる人が少しずつ増えて、自立していければいいのかなぁ…と。
親以外にも、頼れる人を少しずつ。

 

 

深く考えさせられた、子供の言葉。

娘は高校に入ってから、初めて唯一何でも話せる友達ができました。


その友達もまた、息子と同じように不登校だったと最近娘から聞いて。


娘も自分の弟のことを話して、学校について語り合ったそうで。

 

昨日話していた時の娘の言葉が、とても印象的で考えさせられました。

 

「集団って良くないよね。合う人には合うけど、合わない人が多い気がする。


自分はそうだったな。
みんな同じが普通で、はみ出たら苦痛で。


今の学校に来て、義務教育の異常さがよくわかるというか。

 

今日はこれをしなさい。
髪型はこれじゃなきゃダメ。
みんな同じ服を同じ着方で。


そんでもって、色んなのを詰め込まれて時間がなくて、やりたいこともできなくて。」

 

子供にこんな思いをさせてしまっていたことがすごく申し訳なくて。

 

 

 

「最近の子は、マネから広げることができない。マネして安心を求めていて、個性がない。


それはみんな同じでみんないいっていう学校教育が影響していると思う。

 

あと、中学校のときは夢を話すのが恥ずかしいって人が多かった。


自分も言えなかったけど・・・将来について話す授業とかもあるのにね。


学校の授業ってなんだったのかな。もっと違うことを学びたかった。」

 

 

そんな言葉を聞くと、家庭で最低限の勉強をして、学びたいことを学ぶ方がいいのではないかなとさえ思ってしまいました。

 


学校の存在意義は何なのでしょうか?


もう、学校教育は成り立っていないのではないかとすら感じてしまいます。

 

もう少し私が早く行動を起こしていれば・・・楽しい思春期になったはずなのに。


悔やんでも悔やみきれません。

友達とは将来のことをよく話しているらしいです。


こういう仕事がしたいとか、こういう家に住みたいとか、それならばどのくらいお金が必要で、とか・・・。


友達に出会えて良かったと。
中学校までの友達を忘れてしまうくらい、理解し合える友達だと。

 

「何にもいいところがない人なんていなくて、必ずいいところがあって。
それに自分が気づけるかどうかだと思うの」

 

と、こんなことも言っていました。

 

 

★関連→おかしい!理不尽すぎる学校の校則。縛り付けて子供を苦しめている。

 

 

通信制高校は楽じゃない。自由だからこそ責任がともなう

娘は今、通信制高校で勉強しています。

 

「この学校にして私はとても良かったし、ほかの学校にしていたら今の自分はないと思う。


でも、みんながみんなそうではなくて。


通信制に行きたい、自分のペースで勉強したい、好きなことしながら学びたいって思って入っても、実際は時間はあってもどうしたらいいかわからなくて、3年間が過ぎていくって人も多いんじゃないかなぁ。

 

通信制って、自由だけどその分ちゃんと考えていかなきゃといけないと思う。


自由だうぇーい!じゃ、何も身につかないまま3年が過ぎて、結局またなんとなくで大学行ったりする。

 

友達と話してて、ほんとにそう思うんだよね。」と。

 

「日本の教育はおかしい。
日本って国はおかしい。」

 

娘はこう言っていました。

 

娘は将来、海外も拠点として仕事をしたいと。


私も将来的にはそう思っていて・・・日本に絶望してしまったとき、海外にも帰れる場所があればいいなと少し思っていて。

 

やっぱり私と娘は似ているなぁと思います。

 

今色んなことが前向きに考えられているのは、娘の存在がとても大きいです。

 

学校教育を変えなければ。声を上げなければ。

学校の先生が大変なお仕事というのもわかるし、学校だって動いてくれているのかもしれません。


でも子供に伝わらなければ、子供にとって辛いと感じてしまうなら、正直本当に学校へ通う意味はどこにあるのでしょう。

 

先生の大変さは結局子供に影響してしまう。
大人の同調圧力は子供をつぶす。

 

娘のように、日本の義務教育に対して疑問や危機感、絶望感を持っている子供は少なくないのかもしれません。


もっと真剣に、子供たちが置かれている現状を考えなくてはならないのかなと、娘との会話で切に感じました。