「子供を怒ることは全くの逆効果、ほめて自己肯定感を高める」


これは発達障害で療育を受けているときに先生に言われたことです。

 

怒らない。

そう思っていても、イライラしてしまうときがあります。


気持ちにまかせて怒ってしまったとき、いつも自己嫌悪に陥ってしまう・・・その繰り返し。

 

「怒られる」という経験は、当たり前ですが気持ちのいいものではありません。

 

怒鳴っても、子供には「怒鳴られたこと」しか心に残らない

怒られるだけならまだしも、「怒って怒鳴られる」ことは人によってはトラウマや精神的な負担になることだってあります。

 

「怒鳴られたとき、子供は怒鳴られたということしか頭に残らず、なぜ怒鳴られたのかというのは頭に残らない。」
と医師が言っていたのをよく覚えています。

 

だから「怒る」の中でも「怒鳴る」というのは、全くの無意味。
怒る側にとってのストレス発散でしかないのです。

 

私だって怒鳴ったことは多々あります。
息子が危ないことをしたとき、娘が生意気な態度だったときなど、つい怒鳴ってしまう。

 

怒るというよりも、怒鳴ってしまうのです。叱るではないのです。
これも結局は、私が怒鳴って威圧したということしか子供の心には残りません。

 

だから無意味なんです。

どうしてこんなことを書くのかというと、娘の担任がまさに「怒鳴って威圧する」というタイプでした。


酷いときには朝から怒鳴っているらしく。

娘は怒鳴られるのがとても不快で、体調を崩しそうになることもしばしばありました。


弱いと言われればそれまでなのかもしれません。
でも怒鳴られることは娘にとって、かなりの精神的苦痛なんです。

 

娘の話を毎日聞いていると、先生はほぼ毎日一回は怒鳴っています。
おそらく先生は生徒のためにと思っているのかもしれません。

 

毎日怒鳴られている子供〜「できない」ことで下に見ている?

毎日怒鳴る先生について、私は気になっていることがあります。


娘が言うには、弟が発達障害というのもあるけど、クラスメイトに息子と同じような発達障害を持つ男の子がいる、と。

 

ある日教えてくれました。
直接本人に聞いたわけではありませんが、普段から弟をよく見ている娘からすると、似ていると。

 

本人が自覚しているのかどうか、親が知っているのかどうか、また先生が知っているのかどうかはわかりません。


ただ、どうやらその男の子が「落ちこぼれ」として扱われているようで。

 

勉強についていけない、忘れ物が多い、行動が多動気味、といったところから、先生は毎日のようにその子を怒鳴りつけているそうで。


みんなの前で怒鳴りつけるから、周りのクラスメイトも「落ちこぼれ」扱い。

娘のクラスでは、班員は連帯責任です。


例えばその男の子が忘れ物をしたら、班員全員の責任になります。

忘れ物が多い子だから、結局同じ班の子たちはどんどんいやになって。


悪口を言うようになってしまったようです。

 

勉強についていけないのは、その子のペースや能力に合わせた、適切な学習ができていないということ。

忘れ物が多いのは、行動が多動なのは・・・。

 

やっぱりどの面から見ても、きっと何か、発達障害かはわからないが辛さがある。
適切な対処がなされていないから、理解もされないんだと思いました。

 

その男の子はきっと、勉強がしたくないわけでも、忘れ物をしたいわけでもない。
じっとしていたいけど、じっとしていられないんだ、と。

 

周りの理解がないというのは、こんなにも辛いものなのに。
私は何もしてあげられない。

 

例えば先生が、その子に障害があることを知っていたとして。
知っているのにそうやって怒鳴りつけているとしたら、それは理解の無い差別です。

 

もしも親が、障害があるのを知っていて、無理やり普通学級に入れているのだとしたら。
もし親が、その子の障害に気付いていなかったら・・・。

 

色々なことが頭をめぐるけれど、赤の他人だから口が裂けても言えません。

 

言ったとして、大きなお世話だと言われればそれまでだし、中傷だなんて言われたら。

 

でもその男の子の話を娘から聞いていると、胸が締め付けられて。
適切な対処が必要なのに・・・受けられない、受け入れられないって。

 

親が気づいて、その子にとって一番良い方法を選んでくれたら・・・。

もしも知っていてあえて普通にさせているのだとしたら。


その子の将来はどうなるのだろうと。

すごく気になって気になって。


でも先生にもその子の親にも言えない苦しさが、ずっと辛い気持ちでした。

 

 

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