テソンさんは無事に私の自宅マンションまで送り届けてくれた。最後どんな挨拶を交わして車から降りたのか、たった数分前のことなのに思い出せなかった。


心が無になったままエレベーターに乗り込む。

彼と同棲中の部屋まで上昇する。


「僕のこと、どう思ってる?」


そう聞いてきたテソンさんに答えられなくて、うつむいてしまって。

テソンさん、私にキスしようとした、よね?


「私たちどうして、今頃出逢ったんだろうね。」


上昇中のエレベーターの中で独り呟く。


自宅がある9階に着き、歩みを進める。自宅のドアに鍵を差し込んで開ける。無言で入ると玄関にしゃがみこんでしまった。


彼が出張中で不在の中、私は一体何をしてるんだろう。今さら後ろめたい気持ちに襲われても遅い。でもテソンさんと直接話したい気持ちのほうが強かった。


気持ちが傾いていきそうな今、っていうかもう行ってるのはわかってるけど、これ以上深入りしないためにも、もう二人きりで会ってはいけないんだ。結婚する女が何をしてるんだろう。彼との付き合いのほうが長いのに。この人が将来の伴侶だと思ったのに。それなのに今はテソンさんにしか気持ちが強くないなんて。


鞄の中のスマホが震えた。


「今日ありがとう。また会おうよ。」


テソンさんからのLINEだった。


本当は「うん。また会おうね。」って返したいのに既読スルーになってしまった。


***


テソンさんからのLINEスルーしてから1週間が経過した。気になりながらも、私はいつもと変わらない生活をしていて、婚約中の彼とも仲良く過ごしていた。


ある日の日曜日、DIY好きの彼が新しくオープンしたホームセンターに行きたいと言い出したので車でそのお店に行った。


「すっごい大きなお店だね~。」そんなことを言い合いながら彼が入口で大きなカートを引き、二人並んで中に入ろうとすると、見覚えのある笑顔が目の前に現れた。その隣には女の人。


テソンさん...。


テソンさんとその女の人は買い物を済ませて外に出るところだったようで、ちょうど店に入る私たちとすれ違った。


テソンさんと目も合った。私の眼を見た時、一瞬笑顔が消えて真剣な表情になったのも見えた。隣の女の人、多分彼女が何歳くらいで、可愛いとか綺麗だとか特徴も覚えておらず、ただその時のテソンさんの表情と服装は鮮明に覚えていた。


私の動揺も止まらなかった。彼と売り場に行き、品物を物色中もずっと胸の鼓動が煩(うるさ)かった。


なんとかその場を取り繕って無事に買い物を済ませ、大きな荷物を抱えて帰った。


***


月曜日。なんとなくテソンさんと通勤の駅で出くわすのに気まずい感覚がある私は、1本速い電車に乗ろうと、いつもより早く家を出た。


駅についていつも乗るホームに行くと、乗車を待つ列が出来ていて、最後尾に並ぶ。周りを見ると、当然だと思うがテソンさんの姿がないのでちょっとほっとした。


だけど、やっぱり遇いたい気持ちもあった。


電車が来た。朝の通勤時間なのでいつも混んでいて最後に乗るとドア付近になる。テソンさんとは乗るタイミングも一緒だったから、いつもそのむさ苦しい車内の中で隣にいた...


そんなことを思いながら乗車して発車のベルが鳴ったころ、男性が走って乗り込んできた。


あ。なんで?1本速い電車なのに。


目が合った。テソンさんだ。彼は私が同じ電車に乗っていることに驚いている様子だった。


私の隣に彼が立つ。電車が動き出す。ぎゅうぎゅうの車内が揺れ動くと、テソンさんとの距離

も近くなる。


目の前にテソンさんの胸があった。以前はドキドキしなかったのに、「僕のこと、どう思ってる?」って言われて、彼のぷっくりした唇が近づいて触れそうになった時から、私はずっとドキドキしてるんだった。今もだ。


うつむいた状態から顔を上げた。彼の首筋と浮き上がる喉仏が見える。


再びうつむく。ドキドキしてる自分が恥ずかしくて、逃げ出したい気持ちもあったけど、むさ苦しいけど、このまま彼とこの距離でくっついていたい気持ちもあった。


快速急行だからあっという間に彼の降車駅のアナウンスとともにドアが開いた。


彼が私を見る間もなく、降りて行く。


はあ...


心の中でため息をついた。彼の降車駅の次の駅が終点だ。私はその駅で降りて、会社まで歩く。


会社について、ロッカーに荷物を入れた時、ふとスマホを見た。


「今日ちょっと会えないかな。仕事終わってからのちょっとの時間でいいんだ。」


テソンさんからLINEが入っていた。


私はすぐ返事を返していた。

YESと。17時半に終わるからと。


正直嬉しかった。その日の業務は、自分でも驚くほどイレギュラーがなく、サクサクとスムーズに進んだ。


テソンさんに会って話せる嬉しさが気分を高揚させ、昼休みも念入りにメイクを直したり、歯をしっかり磨いたりした。私何やってるんだろうと独りで照れたり、はたからみれば本当に変な女がいた。


待ち合わせ場所は彼の降車駅近くのカフェになった。どんな話をするんだろう。


そう思うだけで嬉しくて幸せな気持ちマックスになった。