
哲学的な何か、あと科学とか/飲茶 25017

★★★★★
飲茶さんのこの本ははじめて。
語り口は相変わらず軽妙なのだが、なかなか手ごわい。
論理的とはいったいどういうことだろう?
たとえば、「A = B, B = Cならば、 A = C」というのは
論理的な思考の結果だ。
だが、そもそも「A = B」、つまり「 Aは Bである」というのは
いったいどういうことだろう?
何をもって、「Aと Bが同じ」だとみなしているのだろう?
そもそも、世の中に完全に同じものなんてあるのだろうか?
いや、仮に百歩譲って「 Aと Bがまったく同じだった」としよう。
そうすると、「A = B」とは、「A」を「B」という別の言葉で
言い換えているだけであり、
本質的には「A = A」ということにすぎなくなる
(だって、 Aと Bはまったく同じなのだから)。
そうであれば、結局のところ、
「A = B, B = Cならば、 A = C」というのは、
「A = A = A。 Aは、 Aであり、 Aである」と言っていることになり、
何も意味を成さない。
つまり、「A = B」や「 Aは Bである」という言葉が意味を成すのは、
あくまで「Aと Bが違う」ときだけである
(だって、もし、どこにも違いはなく、まったく同じものの
言い換えにすぎないのだとしたら、
「 Aは Aである」と言っているのとまったく変わらないことになる。
それは無意味な宣言だ)。
そうなのだ。ボクらが論理的思考の名のもとに、
「Aは Bである、だから……」と宣言するとき、
それは、あくまでも「 Aは Bではない」ということが
前提として成り立っている言葉なのである。
結局のところ、「Aと Bは、厳密には違うものだけど、
この際、同じだと決めつけちゃおう」ということであり、
この飛躍した決めつけによって、
初めて「意味」が生じているのである。
ボクらが「 Aは Bである、だから……」というとき、
そこには確実に「飛躍」と「矛盾」があるのだ。
それが論理的思考の正体である。
なるほど。。。そう言われてみればその通りだ。
一応(笑)経営大学院にて経営戦略などの文脈内で
論理的思考を累計ウン千人という他人様に教えているが、
こんな切り返しをされたらなんと応えよう(苦笑)。
他人様に教えるくせして論理的思考の
どことない胡散臭さを実は少し感じていたが、
その原因がこのあたりにあったのかもしれない。