
ビジネスの未来――エコノミーにヒューマニティを取り戻す/山口周 24365

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1年ぶり3回目。
本書が訴えようとしている メッセージのサマリー
1 .私たちの社会は、明るく開けた
「高原社会」へと軟着陸しつつある
2. 高原社会での課題は
「エコノミーにヒューマニティを回復させる」こと
3. 実現のカギとなるのが
「人間性に根ざした衝動」に基づいた労働と消費
4. 実現のためには教育福祉 税制等の
社会基盤のアップデートが求められる
UBI(ユニバーサル・ベーシック・インカム)など
当初はかなり違和感というか嫌悪感を感じたものだが
こちらも含めてだいぶ慣れてきて、
「もしかしたらアリかも」と思えるようになってきた。
私たち日本人はよく「失われた○十年」という表現で
バブル経済後の数十年を自虐的に語りますが、
いったい何が「失われた」というのでしょうか。
もし、その失われたものが「経済的一等国というプライド」
なのだと言うならば、そんなものを回復させたところで
なんに なるというのでしょう。
1980年代の後半、バブル経済に浮かれ、
モノの良し悪しもわからない成金根性丸出しに
世界中で不動産や美術品やブランド品を買い漁って顰蹙を買っていた
日本人が「エコノミ ックアニマル」と侮蔑的に揶揄されていることに
当の日本人自身が世怩たる思いをしていたことを思い出して下さい。
然り然り。円安を良いことに日本で爆買いをしている
某国民などを見ていると、かつての日本を思い出して
嫌な氣持ちになるのは私だけではあるまい。
人類の宿願ともいえる夢のような状況が目の前に顕現しつつある。
これは人類全体が成し遂げた偉大な成果なのに、
その状況を私たちは手を取り合って祝祭することができません。
いやそれどころか、むしろ逆にあらゆる組織の頂上から末端まで
「売上・利益が伸びない」 「株価が上がらない」
「成長機会が見つからない」「新規事業が立ち上がらない」と
眉間に苦渋のシワを寄せて煩悶している人ばかりです。
これはつまり、私たちの多くが関わっている
「無限の成長を求めるビジネス」というゲー ムには、
本質的な破綻、ゲーム終了時に爆発する時限爆弾が
内蔵されているということです。
なぜならこの営みは「使命」を設定することを強く求めながら
「使命の達成」を喜ぶことが できないからです。
歴史的使命がすでに終了しているにもかかわらず、
あたかもそれを終了していない うに振る舞って
いらぬ混乱を世の中に巻き起こしてなんとか「使命終了の延命」を図る。
これが多くの企業が「マーケティング」と称して行っていることでしょう。
ここにも冒頭に指摘したブリッジズの
「終焉の受容の問題」が浮かび上がってきます。
しかし、その営みに関わっている多くの人は、
すでにその欺瞞に氣づいてしまっています。
意味も意義も感 じられない営みに駆り立てられて高い目標を達成せよと
圧力をかけらた人は精神的に壊れてしまいます。
経営戦略やマーケティングを他人様に教えている身からすると、
本質的な問題を突き付けられていると思う。
プライム上場企業の経営に携わっていた時の
「強烈な違和感」を言語化すると、こういうことだったんだ。
近代から続いている上昇の放物線の慣性のうちにあって、
無限の成長が続くということを当たり前の前提として
考えている人たちにとって、成長の完了した「高原状態」の社会は、
刺激のない、停滞した、魅力のない世界のように感じられるかもしれません。
ここに、私たちが向き合わなければならない本質的な課題があります。
真に問題なのは「経済成長しない」ということではなく
真に問題なのは「経済成長しない」ということではなく
「経済以外の何を成長させれば良いのかわからない」
という社会構想力の貧しさであり、
さらに言えば「経済成長しない状態を豊かに生きることができない」
という私たちの心の貧しさなのです。
ここは上場企業のサラリーマン社長のかつての私のは
少しは理解できても決して受容できるものではなかっただろうな。。。
このあと、マーケティングが完全否定されて、、
「その通りだよな」と受け入れつつ、ここ。
「浪費」や「無駄」が、人生には必要
大西洋単独無着陸飛行にはじめて成功した
チャールズ・リンドバーグの妻であり、
また自身も女性飛行家として活動して素晴らしい紀行随筆を残した
アン・モロー・リンドバーグは次のような言葉を残しています。
人生を見つけるためには、人生を浪費しなければならない。
彼女の随筆にはそこここに柔らかな光を放つ宝石のような
一文が埋め込まれていますが、 これは中でも珠玉といえる至言でしょう。
私たちは「浪費」や「無駄」という言葉に、
非常にネガティブなイメージをもっています。
でもその「浪費」こそが、自分らしい人生を見つ けるために必要だと
リンドバーグは言っているわけです。
なぜなら「人生」は理性的に、先見的、効率的に
見つけることができないからです。
私たちは、自分が何に夢中になれるのかということを、
事前に先見的に知ることができません。
なぜなら「夢中」というのは「こころの状態」なので
理知的に予測することができな いからです。
チクセントミハイが指摘しているように、
多くの人は「夢中になれること」を 見つけられないままに
人生を終えていくわけですが、これがなぜそれほど難しいかというと、
「夢中になれること」はいくら頭で考えてもわからない、
いろいろなことを行ってみた後で事後的に
身体感覚として把握することでしかつかむことができないからです。
私たちが「知性」という言葉を聞いて普通にイメージするのとは
大きく異なる「身体的な知性」が求められるのです。
自分が何に夢中になれるのかは、
結局のところは試してみないとわからない。
それがたと え「何の役に立つのかわからない」ような営みであっても、
多くの時間と労力の浪費と無駄の先にしか
「人生」を見つけることはできないというリンドバーグの指摘は、
多くのキャリア論に関する研究からも裏つけられています。
ホントその通り。
私には今のところ武道と社会人教育。
そして「夢中」とまで言えるか微妙だが不動産、かな。
「夢中になれることに早く出会えて氣付けて、
そして帰ってくることができて本当に良かった。
ビジネスの未来――エコノミーにヒューマニティを取り戻す/山口周 23215