ジョブ理論/クレイトン・M・クリステンセン 23238 | 年間365冊×今年22年目 武道場主 兼 投資会社・コンサル会社   オーナー社長 兼 グロービス経営大学院准教授による読書日記

ジョブ理論/クレイトン・M・クリステンセン 23238

 

★★★★★

先日の

 

世界のエリートが学んでいるMBA必読書50冊を1冊にまとめてみた/永井孝尚 23234

 

でチェックした本を早速読んでみた。

「イノベーションのジレンマ」の著者、

ハーバード・ビジネス・スクールの

クレイトン・M・クリステンセン教授によるもの。

 

 破壊的イノベーション理論は、

 新しい機会をどこで見つければよいかを教えるものではない。

 業界のトップにいるリーダーたちを追いやるようなイノベーションを

 企業はどんなふうに生み出すべきか、

 あるいは、どこに新しい市場をつくるべきかを解説してくれるものでもない。

 一か八かのイノベーションで挫折しないための方法は教えてくれず、

 将来は運頼みのままだ。顧客が買いたくなるような

 プロダクト/サービスをどんなふうに生み出せばいいのかを

 教えてはくれないし、新しいプロダクトのなかでどれが成功するのかを

 予測するのでもない。

 だが、「片づけるべきジョブ」理論ならそれが可能だ。

 

ここでまずグッときた。

破壊的イノベーション、イノベーションのジレンマは

いくつかの講義のコンテンツに入っているが

「こんなことあるんだよ。氣をつけな」

で終わってしまっている(苦笑)。

「ジョブ理論」はイノベーションを興すヒントをくれるのだという。

で、「ジョブ理論」って何?

 

 ジョブの定義 

 ジョブ理論の中核には、単純だが強力な知見が込められている。

 顧客はある特定の商品を購入するのではなく、

 進歩するために、それらを生活に引き入れるというものだ。

 この「進歩」のことを、顧客が片づけるべき「ジョブ」と呼び、

 ジョブを解決するために顧客は商品を「雇用」するという

 比喩的な言い方をしている。

 

これだけだとさすがによく分からないけれど、

この後に膨大な事例が登場。

経営戦略クラスで「ニトリとIKEA」のケースがあるが

IKEAの事例がかなり分かりやすかった。

 

 イケアは、人口統計学的な特定の層へ向けた販売を重視していない。

 新しい環境で自分自身および家族の生活をととのえようとするときに、

 おおぜいの顧客がもつジョブ

 ──「明日までに新居の家具をそろえる必要がある。

 明後日からは仕事だから」──を中心に組織を築いた。

 

 ほかの家具店もイケアの商品をコピーすることはできる。

 店内レイアウトを真似することもできるだろう。

 だが、模倣がむずかしいのは、イケアが顧客に提供する体験と、

 顧客の障害物を予測し乗り越える手助けをするそのやり方だ。

 

これで「ジョブ」にイメージがかなり湧いてきた。

いろいろと読んでいると仮想受講生?からこんな質問がありそう。

「ニーズとジョブの違いって何ですか?」と。

ここにあった。

 

 ジョブでないもの

 適切に定義されたジョブはイノベーションの青写真になる。

 これは従来のマーケティングでよく言及される「ニーズ」とは大きく異なる。

 ジョブはそれよりはるかに細かい明細化を伴うからだ。

 ニーズはつねに存在し、漠然としている。

 「私は食べる必要がある」という表明は、ほぼつねに真実である。

 「健康的でいたい」や「定年後に備えて貯蓄する必要がある」も同様だ。

 これらが消費者にとって重要なのはたしかだが、

 そのニーズをどのように満たすのかはぼんやりした方向性しか示されない。

 ニーズはトレンドに似ている──方向性を把握するには有益だが、

 顧客がほかでもないそのプロダクト/サービスを選ぶ理由を

 正確に定義するには足りない。

 食べる必要があるというだけでは、

 いくつかの解決策からたったひとつを選び出す理由、

 解決策のどれかを自分の生活に引き入れる理由にはならない。

 私は食事を抜かすことがある。

 であれば、ニーズだけではすべての行動を説明できない。

 逆に、まったく空腹でなくても食事をする理由はいくらでもある。

 一方、ジョブは、はるかに複雑な事情を考慮する。

 何かを食べる必要があるという状況と、

 その時点で重要でないその他のニーズは、激しく変化しうる。

 ミルクシェイクの例に戻ってみよう。

 生活のなかで生じたジョブを解決するために、

 私はミルクシェイクを雇用するかもしれないが、

 ほかのどれでもなくミルクシェイクを選ぶに至る理由は、

 そのときの特定の状況で作用するニーズが集合したものである。

 そのなかには、たんなる機能的あるいは

 実用的なニーズだけではなく(腹がすいたから朝食に何かとりたい)、

 社会的・感情的なニーズもある

 (長く退屈な車通勤の時間にちょっとした楽しみがほしい。

  でも、早朝にミルクシェイクを片手にしている姿を

  同僚に見られるのは恥ずかしい)。

 そうした状況では、いくつかのニーズがほかより高い優先度をもつ。

 たとえば、朝の通勤時ならファストフード店の

 ドライブスルーへ(誰かに見られないように)ハンドルを切るかもしれない。

 だが、異なる状況──息子といっしょで、夕食まえで、

 やさしい父親の氣分になりたい──

 では、これらのニーズの相対的な重要さが変動し、

 別の理由からミルクシェイクを雇用したくなるかもしれない。

 あるいは、ミルクシェイクではない、

 まったく別の解決策に転換するかもしれない。

 

なるほど。。分かった様な氣はするが、

他人様に上手く説明できる自信は無いな。

ニーズよりももっと個別具体的でモノよりコト重視??