評価と贈与の経済学/内田樹, 岡田斗司夫 FREEex 22083
★★★★☆
「評価と贈与の経済学」というタイトルがまず面白い。
内田樹さんの本で無ければまずスルーするだろうが。
贈与するのって、ほんとうにたいせつなことだと思う。
周りから「あの人はいい人だ」って言われていい氣分になるとか、
自己満足を感じるとか、そういう話じゃなくて。
そういう報酬があるなしと関係なしに。
だって、自分がそこそこ努力して、
ある程度の社会的成功を収めて、
そこそこ自由に使える資源が手に入ったっていうのは、
もともとが自分の力じゃないわけですよ。
子どものときには親の世話になったし、
友達とか、上司とか、同僚とか、師匠とか、
いろんな人の支えがあったからこそ今日の自分があるわけで。
だったら、恩には恩を以てお返しをしなければことの筋目が通らない。
「オレの持ち物はオレが自力で手に入れたものだから、
オレはこれを排他的に使用する権利がある」
というふうに考えるんじゃなくて、
自分の成功は自分ひとりで成し遂げたものじゃない、
自分がいま手元に持っているものは、自分の専有物じゃなくて、
一時的に「託されたもの」だと考えるべきなんです。
ホント、おっしゃる通りだなぁ。
ペイフォワード、先人たちからの恩は後世に恩返ししよう、だね。
内田 自分が他人からなにをしてもらえるかより先に、
自分が他人になにをしてあげられるかを考える人間だけが
贈与のサイクルに参入できる。
それはその人の貧富とか社会的地位の高低とは
まったく関係がないことなんです。
「まずはオレの努力と才能にふさわしい報酬をよこせ、話はそこからだ」
という人には永遠に贈与のロジックはわからない。
岡田 内田先生はどこでその氣づきを得たんですか?
内田 それはやはり師との出会いですね。
ぼくが師と仰いでいるのは、合氣会本部師範の多田宏先生と
哲学者のエマニュエル・レヴィナス先生のおふたりです。
多田先生は世界的な武道家ですし、
レヴィナス先生は二十世紀を代表する哲学者のひとりです。
多田先生と初めてお会いしたとき、たいして身体的能力も高くないし、
求道精神にも乏しかったぼくに、
めまいのするほどの武道的な知見と技術を惜しみなく注ぎ込んでくれた。
ぼくが初心者のころに先生が教えてくださったことのうちには、
三十七年稽古してきて、いまだによく理解もできないし、
かたちを真似ることさえできないことも多いんですけど、
初心者であったときから、武道とは何かという本質的なことを教えてくれた。
達人になるための技術と心構えを教えてくれた。
弟子の卑小さと、師の教えの偉大さのこの圧倒的な落差に、
弟子は「師の愛」を感じるわけですよ。
こんなに能力も志も低い人間にそこまで求めてくださるのか、と。
先生がぼくにできないような高水準の心と身体の使い方を
求められているということそのものが、
ぼくには先生からの贈り物だったわけです。
この贈り物に対しては、ぼくの側は、とにかく休まず稽古を積み重ねて、
先生の教えの断片なりとも、次世代に伝えねばならない。
それが先生に対する唯一のお返しの仕方である、と。
そういうふうに感じました。
レヴィナス先生とは一度だけパリでお会いしたことがあります。
途中からぼくのフランス語の聞き取り能力を超えるような
めちゃくちゃむずかしい話になったんですけれど、
それでも先生が非常に大切なことを話してることはわかった。
先生がいま書こうとしている次の本のアイディアの話なんですけど、
日本語でされてもわからないような難解な話を
フランス語でするわけですから、こちらはもう追いつけない。
目を丸くして頷いているしかないんです。
それでも、先生は話を止めない。
こちらの襟首をつかむような勢いで「聞きなさい」と迫ってくるんです。
これにはほんとうに感動しました。
ぼくが「二十世紀でもっとも偉大な哲学者」だと思っている方と
差し向かいで、顔に息がかかるほどの距離で、
お話をうかがったんですからね。
その数時間ぼくはレヴィナス先生をひとり占めしていたわけです。
すばらしい贈り物だと思いました。
だって、日本からやってきた、フランス語もたどたどしいし、
哲学についてもユダヤ教についても半端な知識しか持たない
若い研究者に、これだけのエネルギーを注いでくれたんですから。
そこにぼくはレヴィナス先生の「師の愛」を感じました。
これは先生からぼく宛てのパーソナルな贈り物である、と。
だとすれば、この贈与にはレヴィナス先生の思想を一人でも
多くの日本の読者たちにパスすることによってお返しするしかない、と。
そう思いました。
一方は武道家、一方は哲学者ですが、
おふたりとも弟子に向き合うときの姿勢がよく似ているんです。
惜しみなく知恵と技術を与えてくれる。
ほんとうに惜しみなく与えてくれる。
このふたりの年長者から示された圧倒的な厚意に接して、
ぼくは無条件で贈り物を与えられている存在だと氣づいたんです。
岡田 なるほど……。
内田 本当に世界的なレベルの達人名人に出会うと、
そのことがよくわかります。
そういう人たちはぼくらとはスケールの違う天賦の才能に
恵まれて生まれてきているだけではなくて、
彼ら自身すばらしい師に出会い、
豊かな「師の愛」によってブレークスルーを果たした人たちなんです。
つまり、先生がた自身が、質量とも桁外れの「贈り物」の受託者なんです。
だから、惜しげもなくそれを次世代の若者に贈与してくれる。
人を育てることのできる人というのは、
なるほどこういう態度を取るものなのだということを身をもって知りました。
二十代から三十代にかけて、このふたりの師に相次いで出会えたことは
ぼくにとってたいへん幸運なことだったと思います。
これほど偉大な先生たちが、なんの見返りも求めずに、
その持てる知識と技芸を豊かに贈与してくださるのに、
ぼくごときが贈与を惜しんでどうするんだ、と。
多田宏先生やレヴィナス先生への師恩を熱く語る、
素晴らしいお話。
ここを拝読した後のグロービスでの講義、
いつも以上に力が漲った。
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