何のために生きるのか/五木寛之 稲盛和夫 20079 | 年間365冊×今年22年目 武道場主 兼 投資会社・コンサル会社   オーナー社長 兼 グロービス経営大学院准教授による読書日記

何のために生きるのか/五木寛之 稲盛和夫 20079


日本国内での死者は10人にも満たないのに大騒ぎしている
新型コロナウイルス。

死者の数、若い人が死ぬことを考えれば、
自殺者の方がよほど大問題のはず。
以前は年3万人超、最近はかなり減ったとはいえ、
年2万人以上が亡くなられている。

旅行者や外出者が減り、
観光業、飲食業等々は大打撃だろう。
政府は無担保無保証の融資を拡大すると言っているが、
それで間に合えば良いのだが。

そんなことに心痛める中、この本を読む。

 五木 ところが、日本人が簡単に自らを殺し、
 他人をも殺すという未曾有の事態に入 っているというのに、
 政府は有事法制がどうだこうだというような議論ばかりし ています。
 有事とは一体どういうことでしょうか。
 国民の生命と財産が脅かされ ることを有事というんです。
 そう考えると、日本国民の生命はこの二十年間、
 一回も保障されていない、と僕は思います。
 ベトナム戦争を十五年もやって亡くなった
 アメリカ人の数が六万四千人です。
 私たちは爆弾も落ちない、
 機関銃の弾も飛んでこない安全な社会に生きているの に、
 たった二年間でベトナム戦争十五年の悲惨な泥沼の戦争よりも、
 もっと多くの人命を自殺によって失っている。
 この数は広島型の原子爆弾を七年に
 一発ずつ 落とし続けている計算になります。
 こんなに平和になったのに、どうしてなのか。
 こうした危機的な事態に対して
 政界も財界もほとんど関心を示さないというのは
 一体どういうことなんだと、僕はずうっと思い続けてきました。

こちらは平成17年に発刊された本だけど、
残念ながら今でも全くこの通り。
危機的状況は続いている。

人命や健康が大事ならば、
優先順位の付け方が明らかに間違っているのではないか。
感染の拡大を心配するよりも、
過剰な自粛で追い詰められている方々を救うべきではないか。