ぼくらの身体修行論/内田樹 平尾剛 15275
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一時期、甲野善紀先生のもとに通っていた為か
内田樹先生に関しては「(お会いしたこと無いけど)兄弟子だよな」
くらいの感じでいたのだが、この本を読んでその誤った認識を新たにする。
確かに甲野善紀先生ほど「異次元の世界」にいらっしゃるわけでは無いが、
同じ次元にはいらっしゃるものの、
明らかに自分よりも高いものが見えてらっしゃる、と
神戸市の道場へお邪魔してみたくなった。
僕が師匠の多田宏先生とはじめて会ったときに、
多田先生にこう聞かれたんです。
「内田君はなんで合氣道をやろうと思ったのか」
僕はおろかにもその質問に
「はい、喧嘩が強くなろうと思って」
と答えたんです。でもそのとき多田先生は破顔一笑されて
「そういう動機で初めても、いい」
とおっしゃった。多田先生は
「君はこれからわたしについて、君が学ぼうとしていることと
全く違うことを学ぶことになるだろう」
と言われたわけです。
凄くいいなぁ、この問答。
ネットで多田宏先生のことを調べると、内田樹先生との対談 を見つけた。
本書にも同じことが書かれていたが、以下はそちらからの引用。
内田:迷わずに。ある意味でそれ、
先生はすごく勘がいいんじゃないですか?選ぶ時に。
その当時に、植芝盛平先生、中村天風先生のところに
迷わず行くわけですね。まっすぐに。
その前は、船越義珍先生。
とにかく無駄なこと、迂回をしないで・・・
それって、先生、すごく勘がよろしいんじゃないですか。
多田:そういう点は有り難かったですね。
然し勘がいいという訳ではありません。
とにかく何時も、その時その時、一所懸命稽古なりをして、
こうありたいと、心の底で強い願いを持ちながら
(それは、時には後で、心の表面に出てくるまで、
自分では氣が付かないこともあるんですが)求め続けていると、
当然その事について、感覚が敏感になる。
そうすると、目の前に、そのことに関係有る大切な人や事が、
糸で結ばれていた様に、現れて来る。
言い換えれば、人事の限りを尽くした時、
かすかな光の道が見える。
その先に新しい世界がある・・・。
そういう事なのです。
そういうことを神様の思し召しとか、
仏教では因縁と言うんでしょうね。
植芝盛平先生、中村天風先生の謦咳に接された方が
まだご存命であったことに驚く。
機会を作って是非直接ご指導賜りたい。
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