苦手が“できる”に変わるとき。 | 養腸家・腸セラピスト 真野わかのココハナ(ここだけの話)

苦手が“できる”に変わるとき。

おはようございます。養腸®家・セラピストのmanoです。

 

 

らせん美体操・身体の洗い方(旧:プルプルバブル体操)を

続けること、10ヶ月強・・・。

 

 

自己判断(←コレがいちばん危うい💦)では

覚えたてのころよりできる感覚がございます。

 

 

目指すところはまだまだ先なんでございます。

発展途中において、成長の兆しが見えてきた程度です。

 

 

兆しがどこにあるのかというと、これまで大変

苦心していた動きや苦手だった動きが

すこーし楽にできるようになったとき、です。

一筋の光と申しますか、成長の兆しを感じましたの。

 

 

何回、いえ何十回やっても

まったくわからなかった感覚だったのが、

アレ?こうゆうことかしら??と感じる瞬間がございます。

(毎日コツコツの繰り返しで、トータル300回くらい体操してるのねぇ)

 

 

あれほどやればやるほど身体がキツくてしんどかったのに。

変テコなつらさがないのです。

(特に大腿四頭筋やヒザの上あたり=太ももの前)

 

 

同じ動きをしていても、効いていてキツい感覚はあれど

まちがったキツさではない感じなのです。

 

 

できるようになってきて、ようやく違いがわかった感覚です。

 

 

苦手が“できる”に変わる瞬間って

訪れるんですね・・・(遠い目)

 

 

誰かに伝えたり教えるのが上手い人は

苦手だったりできなかった経験を

たくさん積んでいる人なのかもしれません。

 

 

どうしてできないのか、

どうしたらできるようになるのか

どっちもわかるのは、苦労や苦心した人の方かも。

 

 

感覚やセンスでできてしまうと

「そういうもんだから~♪」で終わっちゃう。

(感覚的にできてしまうっていうのは素晴らしい才能、能力ですよ)

 

 

センスがありすぎる場合、わからない⇒わかる の感覚が

うすいかもしれません。

だって、なにも考えなくてもできてしまうのですもの。

いわゆる天才肌。

ゆえに「アイツ(あの人)は特別だから」と思われがち。

(それゆえ孤高の存在で大変ご苦労される面もときにあるでしょう)

 

 

センスがイマイチだったり、ひとさまより不器用だと、

できるまでの過程をだれよりも繰り返しています。

一歩一歩上っていく感覚、素晴らしい経験が

積めているとも言い換えられます。

 

 

らせん美に関しては、わたくしはぶきっちょで

尚且つ特殊な身体をしているものですから、

いっぱい考察しています。
それは決して楽ではないけれど、とても楽しいこと。
 

 

なんでもね、じぶんに与えられた環境・状況を

ありがたい経験と思えるかどうかなの。

 

じぶんにしかできない経験を与えてもらえているのですもの。

 

 

なにより、経験に勝るものなし、でございますから。