命の糧をいただいているのよ。 | 養腸家・腸セラピスト 真野わかのココハナ(ここだけの話)

命の糧をいただいているのよ。

おはようございます。養腸®家・セラピストのmanoです。

 

 

7月にセミナー講師として訪れた、

(株)玄米酵素さまの保養施設・洞爺健康館

 

 

こちらはお部屋食ではなく食堂で食事をいたします。

 

食堂の壁の上方に掲げてある文言がございます。

食前食後の挨拶のことば です。

 

(食べはじめる前)

自然の恵みと多くの人々の働きに感謝して

命の糧(かて)をいただきます

 

 

(食べおわってから)

自然の恵みと多くの人々の働きに感謝して

命の糧をいただきました

 

 

この言葉を読むにつけ、食べることのありがたさと

色々な方たちのおかげで食べられることをつよく感じます。

 

 

この言葉を発するかぎり、食べすぎることはないのです。

 

 

 今日を生きるため(だけ)にいただく食事

 

 

と捉えることができれば、お腹いっぱいになるまで

食べることはなくなります。

 

 

だって、お腹いっぱいになるまで食べなくても

生きてゆけるから。

 

 

食は欲の1つですからね。

だけど、食べ放題とかってどうなのよ、と思ったりはします。

“悪”だとは思いませんが、本当に必要な行為なのかしら?とは思います。

欲を満たす行為なら、ほかにもあるでよ。

内臓たちの疲労度を慮ると、おなかいっぱい!が

身体によいこととは到底思えないのですわ。

 

 

何氣なく口に運ぶその一口の中に、

どれだけの方たちの時間や労力が

携わっているのでしょう。

 

 

食材をつくってくださった方

運んでくださった方

調理してくださった方

 

 

もっともっと多くの方たちの力があって、

目の前の一口になります。

 

 

自然の恵みと多くの人々の働きに感謝して

命の糧(かて)をいただきます(いただきました)

 

 

口に運ぶ一口を、もっともっとありがたみを感じて

食べようと改めて誓う言葉なのでございます。

 

 

食事はなるべく漫然と食べたりせず、

おなかに入ればなんでも同じでもなく

この一口が己の命に変わると心得て

いただきたいのでございます。

 

 

こういう氣持ちで食べることが、

命を賭してくれた食べ物たちへの

供養にもなると考えるからです。

 

 

なんだか宗教っぽくなってしまひましたが、

食事はありがたく、必要量を食べましょうネってお話です^^