テクニックはもういいんですって。 | 養腸家・腸セラピスト 真野わかのココハナ(ここだけの話)
2019-01-06 05:15:15

テクニックはもういいんですって。

テーマ:自由日記

つい最近(昨日だったかな)、アマタん中に

 

 

 テクニックはもういいでしょ

 

 

というナゾの声が響きました。

ナゾの声はたまにやってきます。

直接頭の中に響いてきます。

幻聴でもなさそうですし、

日常生活に支障ないので、

放っておいてます。

 

 

わたくしが必要としているタイミングで

ふっと沸いてくる言葉(メッセージ)のようです。

 

 

しかも、今回はブログに書かないといけないみたいで。

(誰に操られてるっちゅーねんっ!)

 

 

 テクニックはもういい

 

 

誤解を招かないように補足しますと

なにかをするときにテクニックは必要です。

というか、ないよりあった方が断然いいです。

この話はすでにある程度(テクニックが)備わっているのが前提みたい。

 

 

このメッセージには続きがあって。

 

 

テクニックはもういい ≒ 何もしなくていいのではなく

 

 

テクニックを磨くことに主眼を置くことから

本質の追求(追及・追究)にベクトルを変えなさい。

シフトチェンジしなさい。

 

 

って意味合いのようです。

 

 

どうやら、本質の追求があってこそ

これまで積み上げてきた

テクニックが生かされるみたいですね。

 

 

または、本質を追求すれば

おのずとテクニックは磨かれるから

テクニック面からテクニックを伸ばそうと

アプローチする必要はナッスィング!の意味かも。

 

 

思わず、諺の

 

 仏つくって魂入れず

 

 

が思い浮かびました。

 

 

仏のつくり方・彫り方はすでにマスターできていても、

そこに仏の魂が入っていなければ、ただの彫像です。

 

 

裏を返せば、仏の魂とはなにか がわかれば

仏の姿を彫りだすことができます。

(彫ったことないのにねぇ)

ミケランジェロのピエタはまさに

魂がなんであるかがわかっていて

それを形にしたケースじゃないかと。

 

 

大理石の中に、この彫像・ピエタが埋もれているのが

ミケランジェロには見えていて、ここから救い出すべく

己の技術をもって、彫りだしたような感じがするのです。

 

 

超絶テクニックがないと、この作品は生まれません。

同時に、超絶テクニックだけでは、この作品は生まれません。

 

 

ということで(?)、ここから先なのか、この1年なのか

定かではありませんが、自の本質と向き合う必要があるみたいです。

 

 

らせん美 をやっているからか(?)

己に対しての考察をする機会が増えています。

 

 

だからこそ出てきたメッセージかも。

 

 

こちらをご覧になっている方の中に

「じぶんもそうかも・・・」ってひとがいる可能性もあるようで。

なにかに(ってなによ~?)急かされるように突き動かされるように

書きました^^

 

 

意味不明だったら、ごめんあそばせ。

 

 

 

どんな1日もかけがえのない1日。

二度と戻ってきませぬゆえ、できることはできるときに。

本日も好き1日をお過ごしください。

 

 

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