そして、見事に生ききりました。 | 養腸家・腸セラピスト 真野わかのココハナ(ここだけの話)
2018-10-11 05:05:35

そして、見事に生ききりました。

テーマ:自由日記

わたくしの祖母(ばーちゃん)、

過日 新しい世界にフワ~っと逝きました。

 

 

以下、ばーちゃんの最期のことを

それほど刺激的ではなく綴っております。

あの世に行く過程が苦手な方は

本日のブログはスルーしてくださいませ<(_ _)>

 

 

☆☆☆

 

最後の1週間から最期の時間まで、

驚きと感動と発見の連続の毎日でした。

 

 

人間(≒ばーちゃん)って、ホントにスゴいです。

枯れるように(しぬ) ってこういうことなんだ、と

声を大にして誇りたい、ばーちゃんの生きざまと

しにざまでした。

 

 

わたくしには身勝手な希望(野望?)がありました。

それは、ばーちゃんに 老衰 で逝ってもらうこと。

加えて、ばーちゃんがずっと住んでいた住処で看取ること。

お看取りは前向きにネ。

 

 

老衰は、人生を最期まで生ききった人だけに

贈られる名誉の死因だと思っています。

 

 

ばーちゃんが旅立った後、死亡届を訪問診療の先生に書いていただきました。

 

うふ^^

やりましたゼチョキ、ばーちゃん。

(訪問診療のT先生、ありがとうです<(_ _)>)

しかも皆々さまの協力のおかげで、無事自宅でのお看取りができました。

 

 

なにより、ばーちゃんのがんばりのおかげで念願が叶いました^^

 

 

水分をだんだん摂らなくなり、

精密機器のように、

計ったかのように

徐々に枯れてゆきました。

そのおかげか、痰が喉にからまることもありませんでした。

 

 

(いい意味で)お部屋があんまし清潔ではなかったので・笑

病氣への耐性がつよくなっていたのか、風邪はもちろんのこと、

感染症にも肺炎にもかからずに済みました。

 

 

足腰がめっぽうよわくなり、必要な栄養分が摂れなく

なっていたにも関わらず、骨折も転倒もなかった。

 

 

亡くなる前日まで、小用はトイレでしてました(※要介助)

独りで立つことも座ることも、寝返りをうつこともできなかったのに

意識のある限り、「オムツでは絶対にしない」を意思表示し、

トイレですることを常に選択していました。

 

 

最後の最期まで、あっぱれなばーちゃんです。

マジスゲー、なのです。

 

 

そうそう。

お迎えの日が近づいてきたタイミングで、こういう紙を医療機関からもらってました^^

 

臨終間近のケアと

 

息を引き取る時 について書かれた用紙。

 

 

心の準備をしておくように、という家族側への配慮です。

自宅で看取る家族は全体の10%前後にまで落ちています。

 

 

最期を向かえる場所が病院関連という方が80%前後だそうです。

(50年くらい前は80%が自宅で看取っていたのに)

 

 

ばーちゃんは、この世からいなくなる という人生1度っきりの

貴重な経験と体験を身をもって示してくれました。

どんなにお礼を言っても足りません。

 

 

ちなみに、お医者さまが(なくなった)確認をしに来る前に、

わたくしが(勝手に)したことは

 

 

 呼吸の確認

 脈拍の確認

 瞳孔反射の確認

 

 

現代では、この3つが止まっていることを基に

「死亡」が確認されます。

 

 

ばーちゃんは、語り尽くせぬほどの学びを

生きながら、そしてなくなる姿を通して見せてくれました。

 

 

ばーちゃん、ありがとうございます^^

貴女の孫でよかったです。

(生きていたら今日が95歳のお誕生日デス^^)

 

 

毎日が二度とやってくることはない日です。

日々、悔いのないよう生ききってまいりましょう。

 

 

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