一昨日、甥からの電話で母の死を知らされた。

 痴呆が進み施設に入っていたのだが、看護師の気付かぬうちに亡くなっていたという。おそらくは肺炎の悪化によるものだとか。

 

 地元の姉と甥とは、昨春に決別。

 両親の年金は姉が管理しつつ面倒は私に見させるという姉からの条件は、姉なりの理屈があってのことだろうが、しかしそのためには東京での生活をいったんゼロにしなければならない。

 私としては到底納得ができないし経済的にも厳しい。

 父も私を頼る様子のなかったのをいいことに、無責任にも介護を放り投げてしまっていた。

 

 そんな私がいまさらどの面下げて、通夜や葬式に参列できるというのか。

 それでも親の死なのだから行くべきだろうとの思いはありながら、その一方で現実問題としても仕事が過去にないほどたまっている。

 月末の迫ったこの時期に、地元との往復の交通費もバカにならないというしみったれた事情もある。

 

 仕事は先方に理由をいえば待ってもらえるに違いないし、カネだって嫁に言えば出してくれるのはわかっている。

 

 しかし気持ちがどうにもまとまらず、嫁にも母の死を言えないまま平然を装って過ごした。

 

 不仲の姉や甥についてはどうでもいい。

 だが、これまで母をほおっておいたことへの悔いというか申し訳なさというか。

 いまさら母に頭を垂れて、いかにも哀しそうに手を合わせるなどは恥知らずにもほどがある。

 そんな気持ちもある。

 

 甥からショートメールで通夜と葬儀の時間が送られてきたが、場所の記述はない。

 これは「来るな」という意思表示だろうと自分勝手な解釈をして、通夜葬儀への不参加を決め込んだ。

 

 すると昨日の昼前、知らぬ番号から着信があった。

 叔母だった。

 

 「葬儀の話のなかで、あなたの名前が出てこないから、心配で電話したの」

 やっぱり姉たちは私との列席を望んでいないのか。

 「なにがあったのか詳しいことはわからないけど、お母さんもあなたに会いたいはずよ」との叔母の言葉に気持ちは揺らいだが、仕事を理由にして行かないことへの言い訳をした。

 「まあ生きている者の生活のほうが大事だからね」

 「不人情は承知しているけど、手が空いたら会いに行くから」

 「四十九日までにはおいでよ。連絡ちょうだいね」

 そうして話すうちに、泣いた。

 母の死を聞いてから初めての涙だった。

 

 叔母と話してすこしだけ、心の重石が取れたのかもしれない。

 

 母の葬儀にも参加しない親不孝者であることを自覚しながら生きていくことを心に決めた。