いや反省しかないよ。
稲川が脇本に離れることはほとんど心配していなかったし、清水や坂井が自力を出せば潰れるってとこまで予想しておいて、なんで桑原買わんかなあ。
脇本→稲川→桑原で3千円台の車券なんて、滅多にないビッグチャンスだったじゃないか。
脇本=稲川のことばっかりに気持ちが行っちゃて、3着選びが雑すぎた。
坂井がもうちょっと行けると思っていたからこそ後続の成田や小原を重くみたわけだけど、道中で脇本を牽制するのに脚を使っちゃったのかな。
それにしたってふつうに考えれば清水番手の桑原は当然押さえるべきだったろう。
もしも稲川が脇本を差して高配当になってたら憤死しちゃってたかもしれない。
まあいいや。
菅さんの追悼が感動的だったから、それといってこいということで。
国葬反対デモについては、むろん私の考えにそぐうものではないのだけど、ニュースの映像をみていて少しだけ思ったこともあった。
全共闘時代のおじいさんおばあさんたちが集まっているのを見ると、やっぱり年寄りには生き難い世の中なのかなあと、ちょっとだけしんみりとした気持ちになったのよ。
安保改正反対なんてやってた人たちの多くはその頃に大学生だったろうから、当時としてはなかなか優秀な人たちだったわけでしょう。
それが70歳80歳となった時に、こんなことしかやることがないのかと思うと、なんか哀しくなっちゃってさあ。
人生100年時代といわれるなかで、元気ではあるけれどもバリバリ働くには体力的にも能力的にもちょっとしんどいってぐらいの高齢者たちにとって、もっと生きがいの溢れる社会とはどういうものなのか。
いまや前世紀の遺物となりつつある「大家族」というものに、そうした問題を解決するためのカギがあるような気がしないでもない。