旅の話を書くのはむづかしい。というのも、わたしは本質的に、どうやら旅に向いていない人間だからだ。1985年1月1日にフィリピンに出発して以来、7度成田空港を飛び立ち、12の国を訪れた私は、実は移動をさして好まぬ、怠惰と決まりきった習慣の人なのである。したがって、手に汗握る冒険とロマンス、死線をくぐりぬけ、夜にもまれな桃源郷での奇跡とも思える出会いがあった、なんて話はどこにもありはしない。国立の中華料理屋でスタどんを食っているわたしは、同じようにバンコクでカオパッを食べ、ニューデリーでサモサを食べ、ファラフラオアシスでナツメヤシのみを拾って食っている。そこにさしたる違いはない。このアパートから駅までの道をたやすくたどれるように、イスタンブールのシルケジ駅からスルタンアフメット地区に入る道の並ぶ店のたたずまいを覚えている。5年前にこの道で老人に握手を求められ、10年前にはたしかあの店の2階でおもての雪を眺めながらビールを飲んでいた。そして、この薬局の前の道路はいつ来ても工事中だ。以前、とあるローカルなラジオ放送局に出演したことがあり、担当の方は私から旅の貴重な体験の数々を聞き出したがった。しかたなく、わたしは口からでまかせ半分、いつかどこかで本で読んだ話を自分の体験のように語ってごまかした。そもそも、さして旅が好きでないのになぜ旅に出るのか。おそらくその答えを探すことは深層心理や幼児期のトラウマをめぐる込み入った領域に足を突っ込むことを意味するだろう。これはまた、別のテーマであり、読者の興味を引くとはとても思えない。