表現欲、芝居欲、演劇欲。
何て名付けれりゃいいんでしょうか。
役者のそれはどこから来て、一体何なのかって話。
表現欲。
絵を描いたりする、いわゆる芸術家的な人の方に多いかもしれませんが、いろんなもん投げ打ってでも表現したい。
それこそ飯代削って、身の回りのもん売っぱっらって、なけなしのバイト代もみな注ぎ込んで絵の具を買うみたいな話。
とにかく表現したくてしたくて止まらないみたいね。
まぁ、それは大袈裟としても、ガチンコの表現欲を持っている役者ってのはそれに近いもんがあるんじゃなかろうかと思う訳なんです。
でも、それってマズローって人からしてみれば、ちょいとおかしな話で。
欲求ってのは段階があり、ひとつ欲求を満たされれば次の欲求に、それが満たされれば次の欲求に、と段階を追ってひとつ上の階層の欲求を満たしていくと。
ちなみに一番下が生理的欲求で寝たい、食べたい、うんこしたいとかそういうやつで、その後安全・安心、社会的・所属、承認・尊厳と来て自己実現ってやつね。
詳しくは自分で調べてください。
で、その自己実現ってやつが、表現欲というやつで、欲求の階層で言えば、最高次元にあたる。
しかしながらこの表現欲には「承認」って部分が大いに含まれて成り立つからまたややこしい。
誰かに承認される、認められることを前提とした自己実現な訳で。
村上春だか龍だか樹だかが書いた14歳のハローワークって本がありまして、、13歳だっけ?まぁ、いいや、、それに、歌手という職業のことが書いてありました。
歌手になるには歌が、歌うことが好きでないといけない。なので、毎日毎日カラオケに行って何時間も何時間も歌って、それでもなお、歌うことが好きだと言えるなら、歌手になる素質がありますよみたいなことが書いてあった。(うろ覚えなのでちょっと怪しい。)
正直、何言ってるのこの人は?と思う訳さ。
言わんとしていることはわかるが、コレって承認の部分がゼロだよね、と。
表現欲の上に成り立つ承認なのか、承認の上に成り立つ表現欲なのか。
なんとなく、先日稽古を見ていてそんなことを思ったのであります。
そうそう、先日、稽古を見学に行って参りました。
一歩下がったところから、稽古を見るというのは初めての経験で、ちょっと新鮮でした。
(以前に音響やってた時に稽古を見てたけど、その時は役者経験がなかったし、出演する側に回るとも思ってなかったので。)
たぶん、生粋の役者って人種は何を差し置いても、その表現欲、自己実現って部分が先に来ているんだと思います。
その副産物として承認されたいってのがあるのかもしれない。
でもって、自分はというと演劇やってた理由ってのは、承認されたいってのが先に来ていたように思った訳です。
そんなわけで皆さんよいお年を。