荻上チキさんインタビュー第三回「すべての問題はリンクしている」 | マンガ論争勃発のサイト

荻上チキさんインタビュー第三回「すべての問題はリンクしている」

ウェブ上での議論は有効か?

--たとえばこの問題が人権擁護法案から共謀罪までからんでという話をすると、共謀罪に反対している人々は『それは関係ない』と、人権擁護法案に反対している人は、『それは左翼か?』という話になるんですよ。

荻上さん:「利害ごとにプレイヤーが分かれているんですよね」

--プレイヤーが分かれて、古い冷戦構造の名残みたいなウヨサヨ体系に落ち着いてきてるんでバカかと(笑)。

荻上さん「それぞれの利害があるので、分かれていてもそれはそれでしょうがない。ただ一方で、ものすごく状況依存的な議論になってしまっていたり、ある種の分かりやすいリトマス紙だけで判断してしまうことの問題はある。例えば教育基本法についての議論では、『日教組が力持ってるから、奴らから権力を奪おうぜ』っていうロジックで『教育ってのは不当な支配を受けない』って文言を『国家は市民からの不当な支配を受けない』って意味にも解釈ができるような方向に持っていったわけじゃないですか。でもこれを主張する<右>って、<左>が政権を取った時のことを考えられていないわけですよね。左翼独裁体制みたいなものができてしまった時に、それへの歯止めを放棄するわけだから、保守としてそれはアリなのか、みたいなシミュレーションはしてない。というか、<左>さえいなくなれば素敵な世の中になると思ってるとか(笑)。あるいは『朝日新聞が反対している法だから、これはいい法なんだろう』とかね(笑)。これ、2ちゃんねらーじゃなくて、テレビとかにも出てる某保守論者の発言なんですけどね。どないやねん、と」

--ほんとに短期的なことしか考えていない。

荻上さん:「児童ポルノについても確かにそう。実存と言語って常に乖離があるわけじゃないですが、情報化社会が進むとその乖離がますます進む。とこではまず、30歳くらいになってから子供の頃の写真を撒きたいと思ってる人のことは想定されていない。というか、なんでマンガやゲームがダメなのか、本当によくわからないんだけれど(笑)。直接の被害者はいないわけだから、あとは影響力の話になるわけだけれど、ならどうしてゲームやマンガにのみ、その影響力の懸念が求められるのかというね」

--子供の時に撮ったアルバムも捨てないと児童ポルノ所持になってしまうんじゃないかと。

荻上さん:「それと、セルフヌードの扱いですよね。これは表現としては児童ポルノに当たるかもしれないけれど、搾取はどこにあるんだろうかと。今までの考え方であれば、彼らは未成熟だから、大人になったら傷つくかもしれないじゃないかというロジックが成立していた。でも30歳になってから、自分の過去のヌード公開を承認した場合はどうなるのかな」

--そういうことが想定できてないんですね。だから、そこで起きるのは、『自写のヌードを公開する人なんかいません。いたとしたら、それは頭のおかしな人です』という形で排除してしまうんですよね。そんな事態は99.9%ありえないから、ゴーサイン出しましょうと。あらゆることが起こりうるって想像すべきなんだけど、想像してないんですよ。

荻上さん:「もちろんこれはすげーイレギュラーなケースだから、個別の場合で係争すれば済むとは思うけど(笑)。でも、シミュレーションは色々してほしいわけです。正義感によって行われた行動が正義を保障するものではないですから。

とはいえ、悠長な事を言っている間に、ステージはどんどん進んでいきます。そこでは常に、短期的な成果が求められる。そんな中、書籍『マンガ論争勃発』の続きがブログで行われているというのが非常に象徴的なことですよね。合意形成を巡る議論をしっかりやりつつ、一方で具体的な武器庫をウェブなどで機能させていくという。まとめサイトなどで議題を共有しつつ、個別の人達の議論参加を促し、このサイトを支持しますといった形で表明することを誘発すると。ただ単に、日々更新される頭の悪そうな記事を、個別にバカスカ叩いていこうとしても、効果はあまりないですしね」

--ただの泥仕合というか、泥沼ですね…。

政治家はブックマークを見ていない

荻上さん:「実際にロビイングしているような団体というか、集団というか、オタク系のブロガーがどれだけいるのかって、ちょっと不透明で見えてこないですよね。ユニセフ協会なみに記事にできるかたちで、プレスリリースとか運動のノウハウみたいなものをわかってやってるようなものはウェブ上ではあまり見つけられない」

--そこが口惜しいところですね。

荻上さん:「はてなブックマークとかの上位に反準児童ポルノみたいなエントリーがポカポカ上がってるんだけども、議論としては正しいものが多い。けど、効果がない」

--残念ながらブックマークはブックマークにすぎないですから。

荻上さん:「ブックマークしてる人は元々そういう価値観持ってる人達だったりもしますからね。もちろん、ブックマークというのは、ウェブ系の人材とかは多いわけで、コンテンツのクリエイターそこ経由で、そういったことを知ってくれることは重要だと思います。けれども、政治家は多分、ブクマみないし、そこで意見を変えることもなさそう。多くのブックマークユーザーがそうであるように」

--今、政治家は短期的な動機でしか動いていない。児童ポルノ禁止法改正論議も、理念があるわけではなくて、とにかくサミットに間に合わせたい、総選挙に間に合わせたい。だから、そこでの説得ってのはすごい難しくなってくる。

荻上さん:「説得は、ほぼムリなんじゃないかと思いますけどね(笑)。90年代に行われていたブルセラ論争や当時の児ポ法とかの問題と何が違うのかというと、プレイヤーが変な意味で賢くなったのかもしれない。90年代は宮台さんが『その説教を誰に言うんだ』っていう一言で保守論壇を沈黙させられた……らしい(笑)。つまり、『あなたたちが道徳が大事だってのがわかったけれども、そういうこと主張して誰が言うこときいてくれるの?』っていうとシーンとなった……と本人が言っている(笑)。

ただ今は、論壇に出てきてワーワー言うよりは、個別の重要なメディアに登壇して発言しながら、会議の座長などになって具体的な政治的影響力を発揮している気がする。サッサと条例とか法案とかを通してしまうというようなところで議論をするっていうような人が、あちこちの議論で増えたなぁと思う。具体的に論壇みたいなものが失効した時に、妙に政治化しているというか」

--実際、そうなんですよ。昔ながらの市民運動の形で、盛り上げて行こうって形じゃなくって、完全にトップダウンの形になってる。先に法律作っちまえと。その法律の中身自体、どれだけ考えているか? 実効性とか、恣意的な運用に対する担保はどうなっているのかとか。おそらく答はないでしょう。

荻上さん:「そういう運動に運動で対抗していくしかないってのは原理的にわかっているんですけど、さあ、どうやって組織するんだってことになると、けっこう惨憺たる状況みたいですよね(笑)」

【続く】

<取材:永山薫/昼間たかし 構成:永山薫>