自分と向き合う時間なんて、なかなか作れるもんじゃない。

なぜなら、心というのは自分のものであって、自分で理解しきれていないから。


私のものであるのにも関わらず、

この感情が何なのか分からない。

どうしてこのように感じてしまうのか分からない。

その未知なる部分に、私は怖いと感じてしまう。



自分の心をコントロールできたなら、どんなに楽だろうか。

私は、今、全然悩みたくもないし、悲しい気持ちになりたくもないのだよ。



彼氏と別れて3日。

2ヶ月間連絡もくれなかった彼に対して、もう気持ちもなくなってしまっていて、

つきあっているのは形だけ・・・という関係に嫌気がさしていた。

そして、自分から別れを選んだはずなのに、

何故、こんなに心がしめつけられて、悲しい気持ちになってしまうのだろう。

悲しくなんかないのに。



別れる前は、いつも暗雲が私の心を虫食んでいたのに、

今、彼を思出だすと、優しい眼差し、2人で過ごした楽しい時間のことしかない。

こんなこと今、今は、思い出したくないのに。



ブログを書いている間、涙が止まらない。

自分と向き合うのは、精神的にひどく疲れる。

昔はもっと簡単だったはずなのに、年をとるごとに複雑になっている気がする。

何で泣いているのか?



私は、別れたくなかったんだと思う。

もっと愛されたかったし、もっと必要とされたかった。

そして、すごく寂しかった。

でも、自分が孤独であることを認めたくなかった。



坂口安吾の『堕落論』の一説に

「孤独は人の故郷だ」とある。

そして、こう続く。

「恋愛は人生の花である。

いかに退屈であろうとも、このほかに花はない。」


この一説が大好きだ。

私が問いたい心の原点がここにあるように思う。


私の花は散ってしまった。

でも、花は散るもの。さぁ、故郷へ帰ろう。

誰もが、故郷を知っているからこそ、花は咲くのだから。



人は孤独だから、寂しいから、恋をするのだろうか?

うん。それでいいのだと思う。

孤独の寂しさを知っているからこそ、独りよりも心地よいからこそ、

求めてしまう。



私は、いい恋をしたんだ。

そして、これからもいい恋をしてやるんだ。

孤独と花、その両方を知って、心の糸をたどる。

私は、寂しいんだ。

でも、自分の心と向き合って、時間が解決してくれるんだ。

彼との思い出は、私の宝物だ。