それから2日間は何ごともなく過ぎた。なるべく匂いのする食料は持ち歩くようにしたのだ。「オブザベーションポイント」や「エメラルドプール」と呼ばれる比較的イージーなトレイルを登った。 そして運命の5日目。僕はザイオンの深く美しい渓谷を作り出したバージン川を溯るハイライト・トレイル、「ザ・ナローズ」に出かけた。
僕はナローズの深部の「ビック・スプリングス」と呼ばれる泉まで行くつもりだった。推定で往復10時間の行程。なるべく無駄な荷物は持ちたくはない。僕は三重にしたレジ袋に食料を厳重に包みテントの中に入れ、通気孔や入口をしっかりと閉めた事を確認して、朝早くトレイルヘッドへ向かった。
ナローズは本当に素晴らしかった。岩の芸術のような深く切り立った美しい渓谷を腰まで水に漬かりながら溯り「ビック・スプリングス」に辿り着いた。そして往復8.5時間の長いハイクを終えキャンプ場に帰って来た。
まさか、、、と思いつつもテントを確認する。 テントがガサゴソと動くことはなかったけれど、どうも嫌な予感がする。三重のレジ袋に包み、テントに入れたハズのシリアルバーの袋がテントの回りに散乱しているのだ。
そして、僕は恐る恐るテントの入口のジッパーを開けた。
テントの底が大きく破られていた。
チョコレートシロップの容器が喰い破られ、辺り一面チョコレートの海になっている。あろうことかシュラフやフリースにまでチョコレートがベッタリと付いている。チョコレート色の小さな足跡がそこらじゅうに散らばり、マッシュポテトの粉末が喰い散らかされ、シリアルバーはすべて食べられていた。
そしてご丁寧に逃走用の穴をもう一つ、テントの隅に開けられていた。本当にやりたい放題だった。
もはや言葉も出ない。
キャンプサイトの回りに無数に開けられたヤツらのすべての巣穴にガソリンを注いで、皆殺しにしてやろう、とさえ思った。もちろんそんなことは出来ない。確実に僕がレンジャーに殺されてしまう。
僕はただ黙々とテントを掃除し、シュラフやフリースを洗い、テントの底に開けられたコブシ大の穴を修理し、暗くなる前になんとか寝る場所を確保した。長いハイクを終えた体は鉛のように重かった。
それから数日間はテントの中がおそろしくチョコレート臭かった。 そして、ゆっくり休む予定だった翌日、僕は逃げるようにザイオンのキャンプ場を後にし86mile先のブライスキャニオンへ向かった。
断言しよう。
キャンプ場で最も凶暴な動物は「クマ」でも「人間」でもなく「リス」だ。間違いない。