前回は丸々前置きだったので、今回は前置きなしで本題から(笑)

 

さて、前回は「計画や見通し」というものの性質や重要性について説明したわけですが、それは前回の最後でも書いたとおり「子どもの成長」を把握し、それに沿って指導するためです。前回の海図の例でも挙げたように、その子が現在どういう位置や状態にいるのかがわからなければ、目的地までのコースを教えることも、その道のりに必要なものを与えることもできません。

 

では、どうやって見通しを立てたらいいのか?何を基準に考えたらいいのか?今回はそれに対する「オーソドックス」な考え方について書いてみたいと思います。

 

まず、運動技能の習得を含めた「学習」というものは、縦軸を上達度、横軸を練習時間(回数)としたグラフで表す(考える)ことができます。いわゆる「学習曲線」と呼ばれるもので、いくつかのパターンが考えられます。

※杉原隆『運動指導の心理学』より

 

単純に考えれば時間と上達度が正比例となる直線型を思いつくでしょうが、実際にはそんな順調にいくことはほとんどないということを大半の人は自分の経験則から知っていることでしょう。

 

大抵は「学習者の性格や基本能力」と「学習する内容」と「学習のやり方」という3つの要因の相性が絡み合うことで、短期的に見て凸型や凹型になります。比較的早い段階で伸びるけど一定のレベルから伸び悩みを見せるのが凸型。逆に初期の上達率はあまり良くないものの一定の線を越えると一気に伸びる凹型。まぁ、新鮮なうちに食べた方が美味しいものもあれば、熟成させた方が美味しくなるものもあるってとこですかね(笑)

 

先程の図にはもう一つ、一番右の「S字型」というのがあり、凸型、凹型、比例型と並列的に載っていますが、私の考えではこれ、並列で考えるべきではありません。まぁ、比例型も凸型や凹型に比べれば「あまりに単純な理想形」なので並列とは言えないのですが、S字型はそれとは別の意味で並列として扱うべきではないと言えます。なぜなら、S字型とは「S字型=凹型+凸型」と見ることができるからです。

 

  

S字型は前半を凹型、後半を凸型として二つを組み合わせたものと考えることができます。つまり、時間範囲を短期的に、習得範囲を限定的に見れば凸型や凹型となるものが、時間を中期的に見たり、習得範囲をある程度広く見ればS字型になる、というわけです。

 

では、これを更にマクロな視点で長期的に、または更に広範囲の領域として見たらどうなるか?このようにS字型の連続と考えることができます。

このS字型の連続を、ここでは「階段型」と呼びたいと思います。

 

さて、この階段型について、もう少し詳しく説明したいと思います。階段型とは、一気に上達する「上昇期」と、上達が伸び悩む「停滞期」の連続で構成されます。

この「停滞期」の部分は専門用語で「プラトー(高原現象)」と呼ばれるのですが、「壁にぶち当たった」「壁を越えた」などと言うときの「壁」に相当します。なお、「スランプ」と混同されることもありますが、スランプとは能力や上達が「停滞=横這い」ではなく「下降」、しかもかなり大幅な下降をすることなので、ちょっと異なります。

 

さて、この「停滞期」、一見ただ横這いの状態が続くように見えても、私の考えでは下の図のように段階を分けることができます。

まず最初は「定着期」。

停滞期に入る直前までに学習してきたことを安定させる期間といえます。料理で味を全体に行き渡らせて染み込ませる「煮込み」や「熟成」などがあるように、できるようになったことを脳や体に染み込ませて学習前の状態に戻りにくくするわけです。

 

次に「移行期」。

次の段階の学習内容の導入部分で「何を、どうやるのか」ということを部分的かつ段階的に一つ一つ学んでいく段階です。当然まだそれらがバラバラなので、表面的には学習効果は表れにくいです。料理でも食材や調味料を全部一気に鍋やミキサーにぶち込むのではなく、まずはこれを入れて、次にこれを入れて、という手順とその意味があるのと同じです。

 

最後に「連結期」。
それぞれ部分的に学習してきたことが段々と繋がっていき、ただの「部分の寄せ集め」だったものが「まとまりのある統合体」に変貌していきます。この連結・変貌の過程が連結期で、蝶でいうサナギの段階です。ちなみにサナギって中で少しずつ形が変わって成長するのではなく、
体全体を一度ドロドロに溶かして全く違う形に再構成するんですよね。考えるとちょっとグロいですよね(笑)

 

こうして定着期→移行期→連結期を経て、連結の度合いが一定の線を越えることで「上昇期」に入ります。この考え方で大事なのは、「上昇期に習得して上手くなる」のではない、ということ。「停滞期とは上達していないのではなく、それが外から見えにくいだけ」であって、「目に見える上昇期は、停滞期に蓄積したことの結果に過ぎない」ということです。


もちろん、停滞期とは自分からも他人からも努力の効果がわかりにくいので心理的に苦しいものです。大人でもそうなのですから、まだそういった経験や知識=人生経験が少なく、また基本的に飽きっぽい性格傾向でもある子どもでは、尚更苦しいでしょう。

 

しかし、だからこそ、その経験が生涯に渡って活きてくるのです。停滞期を頑張って抜けた心理的経験とは、いかなる技能の習得や試験の合格よりも価値があります。なぜなら、それが「自分に対する信頼感」に繋がり、それはその子の長い人生そのものの土台となるからです。

 

ある技能の習得それ自体は、場面や状況が変わればその技能そのものが必要ないことも多々ありますし、簡単に習得できたことは一時的な満足感や優越感にはなっても「自分に対する信頼感」の構築材料にはあまりなりません。試験の合格も「その時点でどの道に進めるか」が決まるだけで、その道を後で外れることもあれば、別の道から後でその道に来ることもあるわけで、「ずっとその道にいて、快適にその道を進み続ける」ことを保証するものではありません。

 

技能の習得や試験の合格に意味がないと言っているわけではありません。ただ「自分に対する信頼感」を作り上げるのは、習得や合格といった最終的な「結果」ではなく、そこに至るまでにいくつもの停滞期を乗り越えたという「過程(経験)」及びそこから生じる自信から生まれる、ということです。


さて、今回の話をまとめてみると、「学習とは短期的には凸or凹型、中期的にはS字型、長期的には階段型として表すことができる」

「階段型は上昇期と停滞期の連続と見ることができる」
「停滞期は定着期・移行期・連結期からなり、外からは見えにくいものの内部で学習は進んでいる」
「上昇期とは停滞期に蓄えた学習が一定値を越えた際に外に表れた結果である」
といったところでしょうか。


子どもを指導する際には、その子が今、こうした「学習過程=成長過程」の中のどこにいるのかを見極めることによって初めて、その子の今後の成長の見通しを立て、今の段階や次の段階でその子に必要なこと/ものは何かを考えることができます。

 

定着期にいる子にそれまでの技の確認や復習をすることなく新しい技をどんどん教えたり、まだ習得期にいる子が技全体を連結できないことを怒ったりしても、意味がありません。それはただ単に「指導者自身が欲する結果」であって、「今のその子に必要/重要なこと」ではありません。それは「あの大型台風に突っ込んで絶対安全に明日までに目的地に着け」とか「船員も食料も水も準備できていないが一人で船を操縦して目的地に行け」と叫ぶクレーマーやバカオーナーのようなものです。

 

プロの船長や航海士は、しっかり準備を整え、入念に航海計画を立ててから出向し、航海中も常に船の現在地を確認し、周囲の様子や船の状況に気を配り、必要に応じて随時ズレを修正しながら目的地を目指します。そしてそれは、見立てや見通しを立てる方法や手がかりを持っているから可能なのです。

 

さて、次回は学習/成長を指標グラフ的に考える際の、私流のちょっと変わった考え方を紹介したいと思います。

 

それでは、また♪