てんげる治療院 山﨑悠歌里です。
節分を超え、立春新年が明けました。
2025年の本格始動!
明けましておめでとうございます。
激動の時間をすでに送っている人が周りに多いですが、
皆さまいかがお過ごしですか?
節分の昨日、2月2日は結婚記念日でした。
イベントでお越しになっていたあこさん達と食事している時、
夫が急に思い出しました![]()
「今日、結婚記念日や!」
「あ、ほんとだ!すっかり忘れてた。花束とかないの?」![]()
(何もなかった)
皆さんからお祝いの言葉をいただき、
特にスペシャルなイベントはなく、淡々と記念日は過ぎました。
節分のこの日、八ヶ岳のリトリートドームORでは、
竹中あこさんによる「歌族」がありました。
昨年7月にあった同イベントが、
今年から毎月一回の定期開催になるようです。
慶應大学理工学部物理学科で量子力学を研究していた理系女性のあこさん、
拠点をニューヨークに移した後、ネイティブアメリカンをはじめ、
先住民の発声、響きを学ぶ声の世界的アーティストです。
あこさんの「ロカハ」は口ずさむと自然と涙が出ます。
歌を学ぶではなく、
自分の音を出す、というこのイベント、
参加者にとっては癒しにもなり、気づきにもなり、
心の浄化であったり、ストレス発散であったり。
私の気づきは、
「自分の声を出すのがホント苦手」ということでした。
以前、甲状腺に腫瘍ができたことがありましたが、
喉の第5チャクラは自己表現のエネルギーですので、
喉の症状はまさに自分の声を出せないことに起因します。
我を忘れて自分の音を出すって、
私にとってはなかなか難しい。
本音と建前は区別のない方だとは思いますが、
声を使った自己表現は苦手です。
さて、その翌日は立春で、
あこさんによる「ウィメンズ・サークル」が
リトリートドームORで開かれました。

世界のさまざまな部族で同じようなものがあるそうです。
女性8人が東西南北とその間の8方向に輪を作って座り、
声を合わせた後、
トーキング・スティックを持って本心を語る。
聞いている人は全力で聞きながらも
頷いたり、相槌を打ったりはしない。
ただただ黙って語る人の言葉に耳を傾けます。
ここでも自分の声を出すことが求められます。
そしてその日は自然と女性性の話になりました。
特に昭和を生きてきた女性は
卑下されたり否定されたりした中で
女性としての人格を確保しなければならない時代だったので、
女性であることの傷もまた深いものです。
私も生まれる前は「たくま」君という名前がつけられていて
生まれ出たら、あら女の子!ということで
急遽「ゆかり」という名前がつけられたと聞きました。
ヒラヒラのリボンがついた服を着ていると
「なんだ、その格好は!」と父のチェックが入り、
いちいち面倒くさいので
女の子らしさから遠のいていた思春期でした。
でも、本当の女性性というのは姿形のことではない。
どっしりと大地に根を下ろし、
全てを包容する力強さが女性らしさだと思う。
ウィメンズ・サークルによって部族に根が深く下ろされると、
それと同じだけ部族の人間関係が豊かになる、とあこさん。
中心となる女性が真の女性性を育み、
女性達がそうやって繋がることがコミュニティを育てる。
その感覚も分かりつつ、
自分も含め8人の本音に耳を傾けながら、
言葉の難しさを味わいました。
言葉にして発したら、
それを受け取る人の世界に組み込まれ、
聞く人の数だけ違うストーリーが作られる。
本当の自分って実はどこにもないのかも。
話す私の声は言葉となって新しい概念を作るけど、
そのどれもが本当の私であって、本当の私ではない。
だから、いろんなことはどうでもいいような気がする。
自分にこだわらなくてもいいんじゃないかな。
正さとか間違いとか、
それを判断するのは聞いた人の物差しだから。
と、私は本心を話していました。
この春、私はコミュニティから一歩引こうと思っています。
4年間関わり続けて、ともに育ててきたコミュニティですが、
そこから少し離れて自分の心を観察したいと思います。
私にとっては、その気持ちを再確認した
ウィメンズ・サークルでした。
八ヶ岳にはいます。
この立春に合わせて写真家・廣瀬義啓さんが
美しいホームページを作り直してくれました。
いろいろと変化の立春を超え、
今年はステージが変わりそうです。
お読みいただきありがとうございました。
私の家を少し下ったところから見た八ヶ岳です。
この場所にはもう少し居たいと思います。

