こんにちは〜😍
 
 
六花亭のレモン・ケーキ350円が、期待を裏切らず美味しい。
上にはレモンチョコ、
スポンジの中にレモンムースが挟まれています。

 
 
 
 
株価は下がり気味。
持ち株はもっと下がり気味。
大反省会です。
 
旅行から帰ってくるタイミングで最高値。
あのタイミングで利確していたら!
利確のタイミングを逃したのはこれで何回目〜??
 
数える中で本格的に株スタートをしたのが
昨年の5月であることが判明。
現時点で利率20%ですが、もっと頑張れる?
 
基本に立ち返り勉強です。要勉強。
単に上がった下がったではなく、地合い色々含めると
わからないことはわかりたい。
 
 
 
 
まず「先物」。図書館で何冊か本を借りてきたのですが
手に取ったら面白くて最後まで読んでしまった。
金融先物市場を創設し、その発展に力を尽くした(今もご存命)
レオ・メラメドの足跡を辿ったものです。
なんと私の父とほとんど同年代。
 
 
 
驚いたのは、彼はポーランド出身で
ナチス・ドイツの侵攻をリトアニアに逃れ、
杉浦千畝の命のヴィザで救われた!(◎_◎;)
 
 
シベリア鉄道に乗って日本でしばらく暮らされていたそうです。
そこからNYに渡り、シカゴへ…
法律の勉強をしながら、法律事務所のバイトを探していたら
「ランナー」???
行ってみたら先物取引所の注文受け渡し役(証券会社のバイトだった?)
そこで取引所の活気に魅了され、先物の世界へ…
 
 
弁護士になってからも先物取引と兼業を試みますが
両立できるわけはなく(爆)
後者を選び、さらにシカゴ・マーカンタイル取引所の役員となり
取引所の透明性と合理化に邁進。
 
 
当時、玉ねぎとかベーコンとか、農畜産物系先物がメインだった先物取引に
ニクソンショックによるブレトンウッズ体制の崩壊を機に
為替先物取引を推し進めたのが、このレオ・メラメドさん。

当時は誰もが異を唱える、思ってもみない新たな試みだったらしい。

それが、経済学の大家であるミルトン・フリードマンに論文を書いてもらうことによって

公認されていったらしい。

 

 

1987年のブラックマンデーに関しても

これまで市場を当然のものとして使わせてもらっていた側からは想像もつかなかった

市場を運営する側の視座からの動きが描かれていて、衝撃の内容。

 

 

先物に関して、そのメカニズムがわかったかといえば疑問ですが

先物がどのようにして発達してきたかということが

レオ・メラメドさんの活躍を通して伝わってきた気がします。

 

 

驚いたのは1730年、大阪に先物市場がオープンされていたのですね。

シカゴ先物取引所のビジターセンターには、そのことが紹介されているようです。

みてみたいですね!

https://www.cmegroup.com/

 

あと、個人的は投資スタイル、

順張りで「相場を敵に回すな。相場の恋人となれ!」

すごく好きです。

「自分は間違うが、相場は常に正しい」

その通りで…

次の恋人を探したいと思います。