「渡辺さん、今モテ期なんだろ?イテラの担当者と、事務機器メーカーの営業だっけ」


ああ、今日里見さんが話したやつだ。


「いや、あれは里見さんが勝手に...」


「ゼリーをもらったんだろ。事務所に置いてあったからこの前食べた。あんな高級なやつ、ただの差し入れとしては持っていかないだろ」


「モテ期とかではないですから!ちょっと見た目が変わったから物珍しがっているだけで」


制服から私服に変わった。髪型を変えてちょっとメイクを増やした。それだけだ。


「でも誘われているのは事実なんだろ。どうやって断る?恋人がいるから無理って言えば簡単で明確、角も立たない」


相手が取引先ということもあってはっきりと断り切れていない、とは思っている…けれど。


「…そう言えたら確かにラクですけど。でも…」


いくらフリでも恋人が檜山さんという設定が不釣り合いすぎる。檜山さんは弁護士で私はただの事務員。住む世界が違う。そんな違いのある二人が恋人だなんて違和感しかない。それに今日の食事で少しは檜山さんと打ち解けられたけれど、檜山さんがどんな人か私はまだ分からない。


「…田村さんはまだ渡辺さんのことは諦めていないと思う。今の渡辺さんの状態はまずい。二人きりの時に近距離で迫られたんだ。今日みたいなことがもう起こらないとは言い切れないはずだろ。だからとりあえず俺を恋人にしとけ」


迫られた、という事実を言われて我に返った。すっと我が身を正された感覚がした。そうだ。不釣り合い云々の以前に、私は無理だったんだ。


「…大丈夫ですよ…」


あんなこと、大したことではない。

何かされたとしても、昔の出来事よりも私が傷付く事はされないと思う。

私はヒロセ法律事務所の職員だ。あの凄腕弁護士の廣瀬所長の補佐としてあの人たちに会っている。いくら私を女として見ていても、その虎の威は効いている。

 

誰も私のあの過去以上の事なんて出来るはずがない。そんなのは…怖くないし、もし出来たのなら今の私もそれだけの人間でしかないというだけだ。

頭の中で出た自分の結論を思い、へらりと笑って言った。檜山さんの眉間に深いシワが入ったのが分かった。





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