命のバトン

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『 ママ死なないでね。

    ずっと生きててね。』

 

 

末娘が寝る前のハグタイムに

そう言ってぎゅっと私に

しがみついてきた。

 

 

まだ幼い娘は

身近に死を体験したことはない。

 

 

 

それなのに

もう既に死に対する漠然とした恐怖を

抱いているんだな、と感じ

胸がギュッと締めつけられた。

 

 

ここ最近の災害のニュースに

何か感じるものがあったのかもしれない。

 

 

 

毎日ニュースでは

たくさんの死を扱っている。

 

 

見るたびに心を痛める。

涙を流すことだってある。



でも、どこかで

自分には起きない、

自分だけは大丈夫、

そんな思いがあったりする。

 


普段、身近な人と死を結びつけて

考えることなんてしない。

 

 

弟を亡くしたとき

長女が原因不明の病気で入院したとき

 

 

自分の大切な人が

元気に生きていることが当たり前だと

なんの疑問も抱かずに

漫然と生きていた自分を

心から悔やんだ。


 

 

身近な人を失ったり

失いそうになって初めて

生きていることの奇跡を知る。

 

 

 

《 命の尊さ 》

 

 

それは命を語る時に

当たり前に使われる言葉で

大人ならみんな知っていること。

 

 

 

でもそれを実感として捉えている人は

実はそんなに多くないのではないだろうか。

 

 

 

生きているだけで

そこに存在しているだけで

それは愛。

 

 

そんな風に感じれている人は

どれくらいいるだろう。

 

 

 

《  存在 = 愛  》

 

 

 

それは目の前にいる子どももそうだし

夫や家族や友人たちもそう。

 

 

 

そして

 

自分自身もそう。

 

 

 

 

 

 

身近な人や大切な人を失った人なら

きっと知っている。

 

 

「生きているだけでいいから」

 

 

いう気持ち。

 

 

 

 

存在してくれるだけで

人は想像もできないほどたくさんの愛を

周りに与えている。

 

 

 

『自分なんて』と思っている人も

『生きる価値なんてない』

思っている人も

 

 

 

みんな必ず誰かの

『生きているだけでいいから』

という存在。

 

 

 

子どもに命の大切さを伝えることは

親としての役目だと思う。

 

 

 

そのためには、親である私たちが

そのことを体感していなければ伝わらない。

 

  

机上の空論ではダメなのだ。

 

 

 

弟の死から目をそらして苦しみ続けた私が

やっと死を受け入れ

自分の中にあった弟への愛に気づいた時

やっと本当の意味で『命』と『愛』について

理解できた気がした。

 

 

 

そのことを教えるでも諭すでもなく

ただその在り方で

私に理解させてくれたのが

中村美幸さん

 

 

 

美幸さんに出会って

私が受け取ったものは、、、

 

 

《 命のバトン 》

 

 

 

幼くして亡くなった息子さん

渓太郎くんの命のバトンを

美幸さんはたくさんの人につないでいる。

 

 

 

 

そのバトンには計り知れないほどの

愛情が詰まっていた。

 

 

 

美幸さんから受けとったバトンの重みを

私は一生忘れることはないと思う。

 

 

 

 

これからは私が

子どもたちに伝えていく番。

 

 

 

そして

このブログを読んでいる人たちにも

ぜひこの命のバトンを受け取り

大切な人たちにつないでいってほしい。