夜のラウンジバーでその女は人待ち風の顔で座っていた。
場所はバンコク。私は当時23歳の船員だった。船が7日振りに港に接岸した晩、街に出て華やかなラウンジバーを見つけるとカウンター席に座ったのだった。ステージではゴーゴーガールがガンガン響くリズムに合わせ激しく腰を振り、それを眺めながら飲むウィスキーはほろ苦かった。
隣の席で美女がにっこり微笑み
「オヒトリデスカ?」
とハスキーな声で尋ねて来た。タイ語訛りの日本語は流暢で、微笑みかける表情は「微笑みの国タイ」にふさわしい優しさであふれていた。ミニスカートから覗いている脚は健康的にスラリと伸び、白いシルクのブラウスの下に透けて見える下着、突き出た胸は抜群のスタイルだった。私はいっぺんで魅了された。漂ってくる甘い香りは官能を刺激し「一緒に、一杯どう?」と私は誘っていた。いや、こんないい女を誘わず誰を誘うのかとさえ思えていた。
彼女は22歳、今年からオフィスガールとして働き始めたばかりで、将来は日本で働きたい、と日本語を勉強中。今日もこうして日本人が来ると話しかけ、会話の練習を重ねているのだという。
彼女のカクテルが2杯目になると頬はほんのり赤みを帯びてきた。ウィスキーをロックで飲んでいた私のグラスは3杯目を数え、
「夜の街を歩かないか」
と彼女を誘った。
繁華街に出て
「----よかったら」
と彼女に右腕を出すと、一瞬戸惑ったような笑顔を浮かべたがすぐに腕を絡めてきた。指先を包むように握ると彼女の細い指は逆に強く私の指を握り返したが意外に力強いのに驚いた。
数分すると、彼女は酔いが回ったのか私の肩に頭を預けてきた。長く黒い髪からは花の香りが昇りたちまち私の胸は興奮で高まった。そのまま繁華街の路地裏に入るとけばけばしいネオンサインとラブホテルが立ち並ぶ地帯になっていた。
「少し休もうか? 静かなところで」
と、目の前のホテルの看板を指さすと彼女は一瞬びくりと私を見上げ、次に「フフッ」と笑うとコクリと頷いた。うつむき加減の長い睫毛は魅力的で私にも酔いが回り始めていた。
これから先の時間は「日本語の先生と生徒」の関係でなく「男と女」の関係だ。部屋に入ると
「オフロ、セマイカラ、貴方先ニシャワー、アビテクダサイ。-----ワタシ、アトデ」と、彼女は私にシャワーを勧め、親切で優しい娘だなと胸が躍った。
久しぶりの女の香りに興奮は高まり、私は熱いシャワーでまず汗を洗い流すと次に手早く石鹸をタオルにこすりつけ、まんべんなく泡で隅々を洗った。興奮と酔いで23才の私の肉体は脈打っていた。部屋に戻り室内を確認するとベッドはキングサイズ、天井にはミラーが貼られ、送風の大きな羽がゆったり空気をかき回していた。枕元にはティッシュの箱と避妊具2個が置かれていた。彼女とシャワーを交代しベッドで待っている時間がやけに長く感じられ、次々と妄想が膨らんだ。
------彼女は客引きが本業かも知れない。しかしOLだろうと売春婦だろうと肩書はどうでもいい。魅力的でいい女なら今の自分には十分だ。
やがて風呂から出てきた彼女は、ニコリと私に微笑むとバスタオルで身体を包んだままベッドに横になった。私の高まった勢いは止めようも無くなっていた。目の前のバスタオルの下にはしなやかな肉体が息づいている。身体を抱き寄せ、胸元を探ろうとすると彼女はバスタオルを強く掴んだまま
「ハズカシイ----デンキ、ケシテ」
と言った。
私はますます興奮した。商売女でなく本当にOLなのかもしれない。----壁のスイッチを切ると部屋は薄暗く陰りベッドに戻ると彼女を抱き寄せ倒れこんだ。彼女の激しい息遣い、絡み合う手と手、脚と脚。求めあう唇と唇。そして股間をまさぐろうとすると彼女はまたも下半身を触らせまいと手を払いのけようとする。ほんとに初心な女なのかもしれない。そして私の腕をつかむと
「ワタシガ、リードスル、OK?」
と言うと私の体をスルリとすり抜け、上になった。
男の上になってリードするつもりらしい。そうか、国が違えば性のあり方も違うのか。それもありだな。------爆発寸前の欲求が満たされるなら上でも下でもどちらでもよかった。まずは彼女の言いなりになってやろう。
-----それからの数分間、彼女は私の肉体の上で執拗なほどに隅々をまさぐり始めた。両手の指先で強弱をつけ、波打つように刺激し、ついにはこらえ切れなくなり私に歓喜の声を上げさせるのだった。そんな絶頂感、達成感はこれまで味わったこともないクォリティだった。すごい、何というテクニックだ。こんなに若いのに、男のツボを隅々迄知り尽くしている女だ。
------私はそれまで、こんな手練手管を使う交わりを経験したことがなかった。女の動きが私を激しく責め立て、余りの快感に頭の中が真っ白になる程の興奮だったのだ。
二人汗まみれになり、ベッドに横たわり荒い呼吸が続いていた。------疲れ果てた余韻の時間が数分間経った頃、彼女は振り返るとニコリと微笑み、次に私の股間に手を伸ばすと、
「コンドハ、アタシガ楽シムバン、ネ」
とハスキーな声で言うのだった。これには驚いた。ついさっきまで彼女は私の上でリードし、お互いの激戦が終わったばかりなのだ。まだ回復もしていないのに、ニコッ、と笑い私を挑発するのだ。
「-----ちょっと無理。終わってすぐなんて」
私は彼女の髪をなでながら、少し休ませてくれ、男には回復の時間が必要だと言った。
しかし彼女は私に顔を近づけ、耳元にハスキー声で
「ダメ。コンドハ、ワタシノバン」
と言うと、バスタオルをパラりと外し私の上に跨った。
------その時、私は見た。彼女の股間に何やらそびえ立っている物を。何だろう、と不思議に思い手を伸ばすと次の瞬間、私は叫んでいた
「えっ!」
そこにはなんとオチ〇チ〇が付いていたのだ。激しく怒張した一物が元気満々の状態でそそり立っているではないか。
化粧で女を装うオカマだったのだ。------バンコックの夜の街によく出没するという”ニューハーフ”。性転換手術を受け、全身女に変身するオカマもいるが、中には上半身だけ豊胸手術を受けるオカマ、または下半身だけ手術を受ける男もいるらしい。そして、私に声を掛けて来たのは上半身女のオカマだったのだ。
私は全てを一瞬で理解した。------何故バスタオルで身体を覆い下半身に触れさせなかったのかを。なぜあんなに男の快感のツボを知り尽くしていたのか。握り返す指の力強さとハスキー声の理由もすべて理解したのだ。そうか、そうだったか。
「ギャッ」
と叫ぶと、私は処女のようにベッドから逃げ出したのだった。
この世は見た目で判断できないものばかりだ。湯上りの美人は怖い。
------信じようが、信じまいが。
