あまり意識してこなかったけど、
どんな事でも、出すもの出さないとダメですね。
何事も糞づまりは良くありません。
どちらかというと便秘氣味のわたくしですので、
あまり食わずとも平氣だったり。とか
思ってましたが、やはり生物ですから
流れていないとダメです。何事もです。
個体としてそこに在る。
・・・ことがパッと見明らに見える、
存在感の確かな人間ですので、
変化すること。流れているという実感は
あまりわかりにくく、得難い部分はあります。
見えている姿は、日常的には変化が
パッと見、感じ取り難いですし。
ただ、その状態にあり続けているということは
変わり続けているということ・・・です。
その事実を理解することが大切だと思います。
実感として感じ取り難いことをどう理解するか?
そうであるはず。と考えて理解しようとすれば
本筋から外れるようにも思えます。
なので、まずは信じて
出すもの出さないといかんのですね。
癖でやってしまっている事を
意識するとでも言いましょうか?
合氣道的には「そう決めてしまう」
という姿勢なのかもしれません。