松坂慶子的ぽっちゃりおばさんのススメ | マキオカのネイチャーな日々

マキオカのネイチャーな日々

山梨県の牧丘に手作りの2区画だけのキャンプ場を作りました。

広い空には満天の星。
ティピィの煙突からはバーベキューのけむりと笑い声。
ハイジのブランコは空まで届きそう。

いるだけで気持ちが和んでいく。そんな不思議なキャンプ場から贈ります。

こんにちは。今日も楽しいマキオカです。

以前ブログに書いたけれど、最近わたしは体重計に一切乗っていない。

恐ろしいぞ、ダイエットの呪縛!(1)

ここでわたしは書いた。

『(毎日体重計で体重を測るのは)何故か。
太るのがイヤだったからである。
なぜ太るのがイヤなのか。
少しでも痩せている方がキレイに見えるんじゃないかと思っていたからである。
「・・・でも、ホントにそうか?」という疑問が、最近ムクムクと湧き上がってきたの。
果たして還暦を過ぎたわたしが、痩せたらキレイになるのか?』

はっきり言いましょう。
絶対になりません!!

というワケで(どういうワケだ?)、わたしは今、人生史上一番太っている。
・・・なんてことを書きたいわけではなく、ここで改めて「ぽっちゃり」について書こうと思ったのは、昨日アマゾンプライムで「スミカスミレ」を観たから。

65才の行かず後家(死語か?)のおばさん(松坂慶子)が、化け猫(及川光博)の魔力によって45才若返った若い姿(桐谷美玲)になり、人生でやり残したことをやっていくというドラマ。

松坂慶子が福々しい体型で、上品でかわいいおばさん役を演じている。

松坂慶子といえば、かつてトップ女優として君臨し、中でも『青春の門』、『男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎』、『蒲田行進曲』などで見せた美しさ、色氣、演技力が記憶に残っている。
テレビドラマ『水中花』では妖艶なバニーガール姿を披露し、主題歌の「愛の水中花」も大ヒットさせた。

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その頃喧伝されていた松坂慶子の経歴は、教育熱心な親の元、物心つく頃から芸事に明け暮れ、児童合唱団や劇団ひまわりに入っていた「いいとこのお嬢様」であり、日本大学第二高校2年の時に大映からスカウトされたという、シンデレラストーリーの王道を彷彿とさせるものだった。

順風満帆に見えた女優人生だったが、91年の松坂の結婚から“親子絶縁”騒動が起こり、日本中の耳目を集めた。

無名のミュージシャンとトップ女優の結婚は、知名度の点でも収入の点でも雲泥の差があったため、松坂慶子のマネジメントを全て仕切っていた両親は、この格差婚に猛反対する。

夫である高内春彦さんに対し、両親は「収入もないのに亭主面してゴロゴロしているだけ」「娘に寄生している」「財産目当て」と言い放ち、憎悪をむき出しにした。

この件は週刊誌やテレビで何度も取り上げられ、松坂慶子はついに1992年に両親へ絶縁を宣言することになる。
怒りの収まらない両親は、1993年に『娘・松坂慶子への「遺言」』を出版し、実際の経歴が公表されると世間は騒然となった。

松坂慶子  Wikiより抜粋
『日本人の母と韓国人の父のもとに生まれる。父は1938年に日本へ仕事を求めて渡ってきており、その後兵庫県姫路市に移り住み、慶子の母となる女性と仕事場で出会った。
母は幼少の頃に身売りされた過去を持ち、身寄りのなかった2人は同棲するようになる。戦後、神奈川県藤沢市に転居し、父は複数の事業を始めて成功していた。(中略)
母には戸籍が無く、藤沢市に転居した際に清水という姓で戸籍をつくったが、これは実在しない韓国人の戸籍を借りたもので、母は本当は日本人なのに韓国人ということになっていた。
父も日本名を名乗っていたが国籍は韓国のまま、つまり慶子も韓国籍であった。
知人の力を借りて法務省と交渉した結果、1964年に母の戸籍が回復し、慶子の将来を考えて彼女を母の非嫡出子として母の戸籍に入れたことにより日本国籍となった』   

伝えられていた経歴と実像のギャップに、世間は驚いた。
当事者達にとって痛みの伴う大変な騒動だったと記憶しているが、ここでわたしが言いたいのはそのことではない。

1992年5月、生後3カ月の長女を連れてニューヨークから帰国した松坂慶子の姿にわたしは仰天した。

長かった黒髪はショートカットになり、ダッフルコートに身を包んでいるものの、産後のせいか、かなり太った体の線が隠し切れない。
夫となった高内氏もぽっちゃりしていたので、福々しいカップルに日本中が目を瞠った。
さらに印象的だったのは、今まで映像で見せたことのないもっさりとしたシアワセそうな笑顔。

             松坂慶子 帰国
                    
まさに「ぽっちゃりおばさん」がそこにいた。

あの妖艶さは?
美しくて理知的な風貌は?
網タイツは、どこへ行ったーーーーー!!

というオトコ達の悲痛な叫び声が日本中にコダマした瞬間だった。

松坂慶子の両親が「このままでは慶子は女優としてダメになる」と言っていたのもむべなるかな、と思った人も多いのではないか。

が、松坂慶子は見事にイメージチェンジに成功する。

2000年、東京電話のCMでは大根を持った主婦をコミカルに演じて新境地を拓き、その後、数々の家庭的で上品な母性を感じさせる美しい中年の役を演じるようになった。
芯の強さやひたむきさ、可愛らしさ、おっとりと柔らかな物腰、温かく周りを包み込むような笑顔は、ケソケソした痩せた女優には出せない魅力だ。

若い時、儚げで“セクシーな美人女優”として世の男性を虜にしてきた松坂慶子は、いまやおおらかで包容力のある母親役がぴったりな個性を纏っている。
母性が失われつつあると言われるこの日本において、老いも若きも憧れる稀有な存在となった。

妖艶な美しさで一世を風靡してきた松坂慶子が、あのまま若い頃の自分の美しさを維持しようと無理なダイエットに励み(たぶん太りやすい体質だと思う)、眉を逆立ててウエストをギュウギュウと絞り、日夜美しさに磨きをかけていたら、今の役の幅や魅力を獲得できただろうか。

「そういえば、昔から『スリーサイズはデビュー当時(15歳)から現在までほぼ変わっていない』と自慢している由美かおるは、対極の存在だなぁ」と思い、由美かおるについてちょっとググってみたら「驚異的な若さのキープ力」だの「美ボディー」だのと、褒め称えてる記事ばかり。

『15歳のころのジーンズが今でも入り、Y字バランスもできるそうですよ。気になる美容法ですが、朝食は約20品目で、温野菜が中心。オリジナルの呼吸法を実践しており1日20分程度でいいとか。服はSHIBUYA109で購入し、10代、20代の子が着るものを着られるように意識しているといいます』って、アンタ・・。

記事を書いてるヒト、正氣かな?
何だか知らないけど、70才近くになってイベントに膝上約40センチのスリットの入ったピンクのロングドレスで登場し、モデル立ちしているっていうのも、なんだか痛々しい。

若い頃、キレイでちやほやされた人ほど陥りやすいトラップですな。
あー、キレイじゃなくてよかった!(負け惜しみで言っているワケではない)

「スミカスミレ」の中で、松坂慶子のごんぶとでどっしりとした姿は、若返った20才の姿のうすっぺたい肩や折れそうな細い足の桐谷美玲より、断然魅力的だ。

かつての騒動の苦労を全く感じさせない童女のようなあどけなさ、上品さ、可憐さは、年を経たからこそ手に入れることが出来たと思われる。

                            松坂慶子 現在


「年を取るってそんなに悪くない」と感じさせてくれるぽっちゃりおばさんの松坂慶子は、わたし達おばさんの進むべき道をしっかりと示してくれている。

うーむ、見習いたい!
とはいえ、なんせ土台が違い過ぎるのも事実・・。

でもね、人間年を重ねると、土台を超える何かしらがオマケとしてついてくると思うの。
貫禄とか、面白味とか、経験値とか。

「福々しい」って、シアワセな匂いや味がする。
だけど、いろいろなものを乗り越えて来た福々しさには、単純な甘さだけでなくビターな要素もしっかりあって、醸された深みがある味になっている。

ドラマの中で化け猫役の及川光博が言う。
「老婆は老婆らしく、厚かましく生きろ!」

そうね、老婆なんだもの。
いいじゃないか。

美味しいものをたらふく飲み食いし、寝たいときに寝て、笑いたいときに笑う。
残りの人生、厚かましく楽しく思いっきり生きようと思う。

つづく