走らないのに富士山試走。
謎のイベント、つづきます。
そうして初めての富士山登頂。
調子に乗って山頂ではしゃぐも、
これで終われないのが登山の怖さ。
上ったもんは下らにゃいかん。
下界に下りるまでが登山です。
お鉢も廻ったし、日本最高峰の富士山剣ヶ峰とかいうとこも行ったし、満足しきりで下山道を探すと、なんか手のひら痺れてね?
始めは、寒さでかじかんだかなーと思いつつ、周りに確認すると、mieちゃまもらんな~さんも同じ症状らしく、これは多分高度的な問題?
ヤバイヤバイと、下山開始。
まあ、下りだし、上りよか楽だろう、とタカをくくって道を進むと、
ナニコレ永遠のループ的な
遥か下まで見えるその道は、これでもかというくらい九十九折になっており、
下っても
下っても
下っても
下っても
全然終わりがないじゃんか
これが下りの螺旋地獄。
でっかい砂粒の砂場のような、くそ歩きにくい坂道が果てしなく下まで続いており、
ゆっくり歩けるほどの緩い傾斜ではなく(なので勝手に体が進む)
とはいえ、走れるほどの技術もなく、
踏ん張りながらバランスをとり
ゆっくり踵から大きな歩幅で
ザクザクザク
って、そんな上手く進めるかいなギャクギレ
怖いのは、この下山道には、登りほど山小屋がないこと。
7合目らへんに一か所小屋らしきものがありましたが、トイレのみの仕様で、飲み物などが切れていても、遥か下の6合目のなんちゃらセンターまで入手できないという。(ちょっと上って登山道に行けばあるらしいのですが、くだってきたもん、また登れるかッ)
もともと下りは超絶不得手のわたくしめ。
どんどん進むmieちゃまと、飛ぶように走っていくらんな~さんの背中もいつしか遥か下の方へ。
もうただただ、いつかは終わる、それだけを支えに、足を動かし、
54回目(※閣下調べ)の九十九を折り、ようやく6合目に到着。
いや~、正直この下山は、登りより遥かにつらかった
そして、元来た道を進み、再び佐藤小屋から馬返しまで。
まあ、これはこれでかなりイヤですが、らせん地獄よりはまだましかと。
最後の力を振り絞り、4合目、3合目、2合目、1合目、
そして、無事に馬返しゴール。
※使用後(違いがわからん)
馬返し~山頂まで 3時間39分
山頂~馬返しまで 2時間47分
※mieちゃまガーミン
山頂初アタック、無事にコンプリート致しました
そんなわたしの富士山初登頂。
実際に終わってみると、あっという間だったなぁと思います。
数年前のわたしは、一生富士山とやらには登ることはないだろうと、そんな世界で生きていました。
まずもって、富士山は一晩かけて登る山だ、という常識的なアタマがあり、入ってくるのはダークな情報。
「山小屋に雑魚寝」
「ご来光とか超絶寒い」
「高山病とかいうのがあるらしい」
いや、もうそれだけで行く気が萎え、富士山は遠くにありて思うもの、
だったんですがね。
それが、「日帰りで行けるらしい」と知ったのは、つい最近のこと。
ただ、それも健脚かつ走力がある超人のなせる業だと思っていたので、それも別世界と思ってたところ、
そうこうして知る「富士登山競走」とかいう、わけのわからない恐ろしいレース。
五合目コースをクリアした後、四時間半で頂上まで行く、という要綱を知ってなお、五合目~山頂だと信じて疑わなかったかんね
それが富士吉田市役所からと知ったときの驚きたるや。本当にいい加減にしてほしかった(だれに?)
そんなわたしが、いつしかこんな世界に入り、うっかり五合目クリアからの山頂コース。
生まれて初めての富士登山が、試走になることが確定しましたw
そうして見よう見まねで登った富士山。
正直、楽しかった、という思い出しかありません。
本当に、
コースしかり、景色しかり、何もかもが初めてで、ああ、わたしが知らない広い世界にはこんなところがあるんだなぁと、ただそれが純粋に、自分の人生の経験値となり、
知って良かった
見られて良かった
一度でも経験できて良かった
あの幼い頃から親しんできた、けれど遠い存在だった富士山。
これから何度でも、そしてどこからでも(朝ランの多摩川からでも)見えるその雄大な姿を見るたびに、
あそこに登ったんだなぁと
高い頂きを指差して、その事実を思えることは、これからの人生、自分にとってなんだかとても大切なことのようで。
もう、何度も登っているツワモノさんたちに比べたら、なんとも大袈裟な感慨ですが、
富士山に登って良かった。
シンプルに、今思います。
今回、富士山に連れて行ってくれた、mieちゃま、らんな〜さん、ありがとうございます。
来年は、また登れるかな。
試走かレースかのんびり登山か。
また、みんなでわいわいと。
わたしを富士山に連れてって