私は本を読まない人だ。
雑誌も気が向いたときにしか見ない。
そして、この病院のテレビは有料なのでテレビも見ない。
雑誌も気が向いたときにしか見ない。
そして、この病院のテレビは有料なのでテレビも見ない。
となると、今回の入院では、1日のほとんどを 「考える時間」 というもので過ごすことになる。
乳がんの手術をして身体はしんどくても、
乳房温存できたから、
自分でも驚くほど心は穏やかで、
私は冷静に、いろんなことを考えた。
乳房温存できたから、
自分でも驚くほど心は穏やかで、
私は冷静に、いろんなことを考えた。
その私が退院前夜に下した決断。
4年前、私は子宮筋腫を患った。
それがどんなに辛く苦しいものだったかは、当ブログの書庫を見ていただければと思う。
乳がんほどではないけれど、婦人科系の病気は血縁者に多発する傾向が強いという。
(ちなみに、乳がんは婦人科ではなく外科の領域。)
(ちなみに、乳がんは婦人科ではなく外科の領域。)
同じ曽祖父母の血を引いた血縁者で、子宮筋腫を患ったり流産を経験した人が
知っているだけで7人もいる。
知っているだけで7人もいる。
ウチの家系は婦人科系が弱いのだ。
そして今度は、37歳で乳がんを発症。
手術をする前、主治医先生がこんな話をしてくれた。
乳がんにはいろんなケースがあるけれど、
遺伝による乳がんを家族性乳がんといい、
一親等(親、子供、姉妹)の血縁者に乳がんにかかった人のいる女性のリスクは
そうでない女性の約2~3倍高いとされている。
遺伝による乳がんを家族性乳がんといい、
一親等(親、子供、姉妹)の血縁者に乳がんにかかった人のいる女性のリスクは
そうでない女性の約2~3倍高いとされている。
そして、家族性乳がんは、だんだん若年化する傾向がある。
例えば、80歳で曾祖母が乳がんを発症したとする。
死亡原因が寿命か乳がんなのかは分からないけれど、曾祖母は平均寿命を全うすることになる。
死亡原因が寿命か乳がんなのかは分からないけれど、曾祖母は平均寿命を全うすることになる。
その娘である祖母は、60歳で乳がんを発症する。(※必ずしも60歳とは限らない。)
寿命が何歳なのか、死亡原因が寿命か乳がんなのかは分からない。
でも、60歳で発症する。
寿命が何歳なのか、死亡原因が寿命か乳がんなのかは分からない。
でも、60歳で発症する。
そのまた娘である母は、40歳で乳がんを発症する。
寿命も死亡原因もわからない。
でも、40歳で発症する。
寿命も死亡原因もわからない。
でも、40歳で発症する。
さらにそのまた娘は、20歳で乳がんを発症する。
寿命も死亡原因もわからない。
でも、20歳で発症する。
寿命も死亡原因もわからない。
でも、20歳で発症する。
そうやって、乳がん発症の要素を持った遺伝子=悪い遺伝子は退化し消えていく。
これは自然の摂理なのだ。
なるほど。
じゃあ、もしも私が家族性乳がんだとしたら、
もしも私に娘が生まれたら、
彼女が乳がんになるリスクは高く、しかも、
37歳で発症した私の娘は単純に考えて17歳で発症することになる。
もしも私に娘が生まれたら、
彼女が乳がんになるリスクは高く、しかも、
37歳で発症した私の娘は単純に考えて17歳で発症することになる。
そんなこと、耐えられない!!!
こんなに辛い思いをさせるなんて、耐えられない!!!
私の乳がん手術が決まった後、母から聞いたことがある。
私の母は生まれつき心臓血管に疾患があって、私を産んで数ヶ月後に開胸手術をした。
その時、病院の同室で同じ手術を受けた小さな子供たちが
(完全看護なので)お母さんを恋しがったり、傷が痛いと言って夜な夜な泣くのだそうだ。
(完全看護なので)お母さんを恋しがったり、傷が痛いと言って夜な夜な泣くのだそうだ。
母はその時、「我が子には絶対こんな思いはさせまい。」 と思ったそうだ。
「それなのに・・・。」
そう言って、母は泣いた。
そう言って、母は泣いた。
そうだよね。
妹が産んだ子、甥君でもこんなに愛おしくてたまらないのに、
自分が産んだ我が子に私と同じこの苦しみを味あわせるなんて、耐えられない!!!
自分が産んだ我が子に私と同じこの苦しみを味あわせるなんて、耐えられない!!!
子宮筋腫と、乳がんと・・・
そんなこと、耐えられない!!!
誤解しないでほしいのが、
乳がんを患っても妊娠&出産はできるということ。
乳がんを患っても妊娠&出産はできるということ。
治療が終わった後はもちろん、治療しながらでも、妊娠&出産はできる。
「オッパイは2つあるんだから、1つ失っても反対側のオッパイで授乳できる!」
そう言って、診察室の机に飾ってあった1枚の写真を主治医先生が見せてくれた。
そう言って、診察室の机に飾ってあった1枚の写真を主治医先生が見せてくれた。
乳がん患者が手術後に産んだという、赤ちゃんの写真だった。
だけど、仮に私が今すぐ妊娠したとしても、高齢出産になる。
現在37歳で初産の私はすでに、流産、ダウン症、妊娠中毒症、帝王切開というリスクを伴う年齢なのだ。
もちろん、子宮筋腫や乳がんが娘に遺伝するとは限らない。
娘じゃなくて息子を授かるのかもしれない。
でも、普通の人と比べてリスクが高いのは間違いないのだ。
子宮筋腫。
乳がん。
高齢出産。
この3つのリスクを我が子に負わせてまで、子供を産みたい?
ううん。
私には、その不安に耐えるだけの精神力も肉体も無い。
だからやっぱり、私は子供を産むべきではないと思う。
時がたって傷が癒えたら、片思いの恋は、するかもしれない。
もしかしたら、天文学的数字の確率で、生涯のパートナーが出来るかもしれない。
でも、私は子供を産むべきではないと思う。
幸い、家の近所に妹や又従妹たちがいて子供を産んでくれたから、
産湯に入れたり、おしめを替えたり、ミルクを与えたり、抱っこをしたり、寝かしつけたり、
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけど、母親っぽいことを経験させてもらえている。
産湯に入れたり、おしめを替えたり、ミルクを与えたり、抱っこをしたり、寝かしつけたり、
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけど、母親っぽいことを経験させてもらえている。
だから、いいんだ。
今まで、ずーっと、妊娠&出産したいと思ってきた。
絶対、子供を産まない!とは言わないし、
この先いつの日か、考えが変わるかもしれない・・・とも思う。
この先いつの日か、考えが変わるかもしれない・・・とも思う。
でも、
愛しい我が子のために、
私は積極的に子供を産むべきではないと、心に決めた。
愛しい我が子のために、
私は積極的に子供を産むべきではないと、心に決めた。
悲しいけれど
とても前向きな
私の決断。