使徒の働き20:7 週のはじめの日に私たちはパンを裂くために集まった。その時パウロは翌日出発することにしていたので、人々と語り合い、夜中まで語り続けた。
このテキストはパウロの第三回伝道旅行での一コマである。私たちの教会の最大の特徴として毎週聖餐式(パン裂き集会)他のプロテスタント諸教派と違い、毎週日曜日(週のはじめの日)に聖餐式(パン裂き集会)を行うことがあげられる。単に慣習として惰性で聖餐式をしているのではなくて、それなりに聖書的根拠があるのである。そして、毎週の聖餐はあの宗教改革者カルヴァンでさえ、できれば毎週すべきものであるとさえ言っいる。
しかも前節使徒の働き20:6を見てみると次のようにある。
種なしパンの祝いが過ぎてから、私たちはピリピから船出し、五日かかってトロアスで彼らと落ち合い、そこに七日間滞在した。
これはいったいどういうことだろうか、パウロたち一行はピリピを水曜日くらい出航したのだろう。そこから五日たってトロアスについたのは月曜日だった。一行はもともとトロアスの教会に何日間か滞在する予定だったのだろうけど、せっかくだから、第二回伝道旅行で出会った以来久しぶりに再会したわけだし、トロアスの教会の信徒たちはパウロたちと一緒に日曜礼拝をしたいと考えた。ことが文脈から透けて見える。さらには聖餐式を一緒にしたいとおもったので、「わざわざ」パウロたちは一週間滞在し、日曜日までまって、聖餐式をして夜中まで語りあかした。そして翌日の朝早く、次の目的地を目指したのである。
このことから何が言えるだろう。聖書には安息日(土曜日)を守れという命令は書かれているけれども、日曜日に教会に行って礼拝しなさい!というドグマはない。だけれども、今日のこの聖書箇所をみると、ドグマではないけれど、初代教会の信徒たちが如何に日曜日に一緒に集まって礼拝すること、日曜日に聖餐式をすることに重きを置いたのかを垣間見ることができる。
現代社会においては、説教が聞きたければ、テレビでも、ラジオでも、インターネットでも聞くことができる。聖書も教会出なくても日本においては一人一冊以上聖書があるし読むことができる。
しかし、それでも、私たちは教会に集うのである。そしてともに礼拝し、ともに聖餐式に預かるのである。そして、日曜礼拝に来いとは聖書で命令されてないけれども、聖餐式は「このようにしてわたしを覚えよ」と主イエスはおっしゃられたのである。
私たちはドグマではなくていやいや強制されてするのではなくて、主に愛された者が主に召された者たち主に対する「愛の応答として」礼拝に参加し、聖餐式に預かってともの主を覚えるのが本来の姿である。
そして私たちは今日もこの場所に集まってともに礼拝できていることを感謝しよう。 アーメン