武井壮という生物が教えてくれた ③「人間の価値」 | 迷子のresistance

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こんばんは。

今日も武井壮さんのお話ですが、

前々回のお話のように、
「思いもよらない新しい概念の提示」もなければ、

前回のお話のように、
「超人的な思い込みの力で、現実を創り上げる」

そういった不思議な話でもありません。


ただただ、

「なんだか いい話」です。


たまたま今回紹介する記事を見つけて、
武井さんに対するイメージがガラリと変わりました。

武井さんは、もともと陽気で、友達もたくさんいる
根っからの「良いヤツ」だと思ってました。


ところが「嫌なヤツ」だったようです。


その「嫌なヤツ」っぷりも、
何だか他人事とは思えないものでした。


まあさ、読んでみてよ。

転載記事だけどさ、
「なんだか とても いい話」なんだ。



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<私の恩人>武井壮、嫌なヤツだった頃…
「いきものがかり」と奇跡的な出会い


http://thepage.jp/detail/20140608-00000002-wordleaf


(転載開始)


陸上・十種競技の元日本王者の実績を活かし、
“百獣の王”として
オンリーワンの道を突っ走る武井壮さん(42)。


しかし、意外にも、現在のポップなキャラクターは、
先の見えない暗闇の日々から生まれたものでした。

今の武井壮へと導く光明となったのが、人気グループ
「いきものがかり」との奇跡的な出会いだったといいます。


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若い頃の自分は、本当に嫌なヤツでした。

今から思うと、ホント魅力がないし、
皆さんに見ていただくような顔もしていなかった。

それが最も顕著だったのは、31、32歳の頃でした。
大学で陸上競技に打ち込み、その後、
プロゴルフの世界を目指してアメリカにゴルフ留学したんです。

日本に戻ってきたのが28、29歳。

ただ、ゴルファーとしてもうまくいかず、
そこから台湾プロ野球のコーチとして台湾に行ったり、
また日本に戻ってきてアスリートを指導したり…


そんな時期だったんですけど、ホント、正直な話、
そういう仕事はやりたくなかったんです。

お仕事をいただいているのに、ひどいもの言いなんですけど…。


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ゴルフに未練があったし、もっと大きなところで言うと、
アスリートとしての我(が)の強さなんでしょうね。


自分が教えた選手ではなく、
自分自身が人に認められたい、評価されたい。

しかし、それがままならない現実がある。
でも、日銭を稼がないと、生きていけない。


思い浮かぶのは
「なぜ自分を認めてくれないんだ。
 なぜ誰も俺を支えてくれないんだ。
 こんなに頑張ってるのに」
というすねた考えばかり。

すごく雑な毎日を過ごしていました。


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これを言うと「大丈夫か…?」と
思われるかもしれませんが(笑)、


その頃、本気でイメージしていたのが、
アフリカに行くこと。

そして、マウンテンゴリラの群れでボスになって
暮らすことを真剣に考えていたんです。

それくらい、人間の世界に嫌気がさしていたし、
自暴自棄にもなっていました。


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そんな真っ只中のある日、
神奈川県で仕事があったんです。


ゴルフ留学していた経験を活かして、
ゴルフクラブを輸入販売するような仕事の話だったんですが、
やっぱり、本当の気持ちはささくれ立ってたんですよね。


そこでも、仕事先の人とモメにモメた。
とことん落ち込んだまま、トボトボと駅に向かっていたんです。

すると、駅前で、路上ライブをしている人たちがいる。
こちらは精神的にもどん底ですし
「あんな大きな声で歌って、恥ずかしくないのか。迷惑な話だ…」

と腹立たしく思ってたんですが、何となく聞いていたら、
いつの間にか、ひきこまれている自分に気づいたんです。


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そこにお客さんがいるかどうかも分からないところに来て、
一生懸命、楽しそうに、何とか成功したいと思って歌っている。


そうやって、この1分を使っている。

逆に、今、俺は何をしてるんだと。

「自分には力があるのに
チャンスがない、お金がない、スポンサーがつかない…」

そんなことばかり考えながら、
荒(すさ)んだ顔で1分を過ごしている。


この違いは何なんだと。
瞬間的に、そんな思いが頭を駆け巡ったんです。

今まで自分の中になかった感情を生んだ、その路上ライブ。

やっていたのが、メジャーデビュー前の
「いきものがかり」だったんです。


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その日を境に、もう1回、本気で頑張ってみようと。
考えに考えた結果、その方向が芸能だったんです。


その子たちも歌、すなわち芸能だったし、
エンターテイナーの人って、自分の力で何千人、
何万人を瞬間的に幸せな気分にできる。

それって、魔法だなと。


…あとは、ま、24歳で亡くなった兄のこともありました。

兄は、中卒ですぐに俳優の世界に飛び込んで、
亡くなるまで10年足らずでしたが、
懸命に芸能の世界で頑張った。

その世界への意識が、スポーツをやりつつも
僕の中にもあったんですよね…。

兄が目指した世界と、自分のできること、
その融合ができないものかと。


漠然とあった、そういう思いの
導きをしてくれたのも、彼らでした。


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その日から、オーディションに行ったり、
芸人さんがたくさん来られる西麻布のバーに通い詰めたり、


スポーツと芸能という両方の要素がある欽ちゃん球団
(茨城ゴールデンゴールズ)に入ったり。

武井壮という人間の目指すべきところを考えたんです。


そして、路上ライブから2年くらい経った頃。
たまたまテレビをつけてたら、
耳を疑う声が聞こえてきたんです。

NHKの「ポップジャム」という番組だったんですけど
「きょう、テレビ初登場!!『いきものがかり』の皆さんです」と。

画面に目を向けると、駅前で歌ってたあの子たちだと。
あの日、自分に衝撃を与えた彼らが、メジャーデビューしている。

しかも、NHKにも出るようになって、それをたまたま俺が見ている。


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そこから、さらに強い縁を感じて、
ライブがある度に足を運び、CDが出る度に買いました。


そして、2012年、俺が世に出るきっかけになった
「SMAP」中居正広さんの番組「うもれびと」があって、
ありがたいことに武井壮という人間が
少しは世間の皆さんに知ってもらえるようになった。

すると、以前から、ツイッターでは
「『いきものがかり』が好き」とつぶやいていたこともあり、
今まで自分でチケットを買っていたコンサートに、
招待していただける機会を得たんです。


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コンサート後のあいさつをきっかけに、
メンバーの水野良樹さんとご飯に行くことになりまして、
そこで、これまでの思いをぶちまけました。


「そもそも、僕は自分の競技力が上がれば、
それでいい、それが全てだと思っていた。

そうすれば、人間としての魅力も、
価値も上がると思っていた。


一部のトップアスリートなどは、
それが当てはまる人もいるのかもしれない。


でも人気というのは
“人の気持ち”と書くだけあって、

基本的には、自分以外の人の気持ちを思いやらないと、
得られないものだと痛烈に思うようになった。

若い頃は今より力はあった。
しかし、魅力のない人間だった。



今は歳をとって力は落ちたはずなのに、
今までの生活では考えられないようなお金をいただき、
ツイッターでつぶやけば52万人の方が耳を傾けてくださる。

実は、自分の価値というのは、自分の能力ではなく、
自分を欲してくれる人の数なんだと思うようになった
」。



そんな思いをぶちまけたら、水野さんも、
音楽の世界で全く同じことを考えていたというんです。

音楽は人が聞いて初めて意味を生むもの。
だからこそ、人が聞いて素敵だと思ってくれる曲を作りたい。

自分自身より、外へ、外へ。
自分がやりたいことを磨くのは当たり前。

それをどう世に出していくかを考えるのがお仕事だと。



(転載終了)





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もう一本だけ紹介したい動画があるんだけど、
チョット長くなったので次回にしますね。


では、また。






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