終戦直後の皇族 | シニア世代からのメッセージ@毎度楽々

シニア世代からのメッセージ@毎度楽々

2013年12月3日まで、諸見里しのぶ@勝手に応援団&女子プロゴルフのタイトルでブログを綴ってきました。
これからは諸見里しのぶ選手や女子プロゴルフだけでなく、世相観察や現役世代に伝えたいメッセージも書いて行きたいと思います。


1945年8月15日の終戦は、正午に昭和天皇がラジオ放送で「ポツダム宣言」を受け入れるとお話になって終戦になりました。

前夜に宮中を守護する近衛聯隊が、クーデターを起こしたのは、「日本の一番長い日」などの映画で知られています。

しかし、終戦後に皇族が海外にいる日本軍に派遣されたことはあまり知られていません。

朝香宮鳩彦王、竹田宮恒徳王、閑院宮春仁王が8月16日に宮中に呼ばれて天皇陛下から海外派遣を要請されたのです。

朝香宮は、支那派遣軍

竹田宮は、関東軍と朝鮮軍
満州の新京、奉天、ソウル

一旦帰京してから、福岡の陸軍第6航空群、広島宇品の陸軍船舶司令部にも行き、自重するようにと行動してます。

閑院宮は、南方総軍
福岡経由上海、広東、仏印ツーラン、サイゴン、シンガポール、南京、富山経由東京 

全て飛行機を利用してますが16日から数日かかったようです。

高松宮も海軍航空部隊に出掛けてます

昭和天皇は、旧日本軍には、武装解除に応じずに応戦すると考えてる軍人もいると考えたのでしょう。そういう情報も手元に集まっていたのでしょう。

私たちは、昭和天皇のラジオ放送で、終戦となり日本軍が全て武装解除したように思いがちですが、現場を押さえる為の「皇族」のご努力があったことを忘れてはいけません。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村