『clear up』




冷たい小雨が降る夜

「お天気悪いね」

ひとつ傘の中、隣りを歩いている彼女が浮かない顔で星のない空を見上げ独り言のようにつぶやいた

「まぁ、冬だしな」

「でも、1週間以上も毎日雨か雪が降ってるんだもん。そろそろお日様が恋しくならない?」

「…日光が恋しいヴァンパイアなんて、世界中探してもおまえくらいだろ」

「だから、わたしは吸血鬼と狼女のハーフなんだってば」

「狼もどっちかっていうと夜行性じゃないのか?」

「そうかも…って、そんなことはどうでも良くって」

「寒いのは春まで我慢するしかないだろ」

「べつに、寒いのがイヤってわけじゃないの」

赤くなって立ち止まった彼女の思考を読むまでもなく

「だって、こうやってくっついていられるし」

予想通り、傘を持つ俺の左腕を掴んで体を密着させてきた

ったく、人の気も知らないで

彼女がしばらく浴びていない太陽の光を欲しているように

最近ことごとくタイミングが悪く、1週間どころか半月近く触れていない彼女の唇にキスしたくて仕方ないのに

今夜も俺の部屋でそういう雰囲気になり、肩を抱いて顔を近づけたところで

アパートのドアを激しくノックする新聞の勧誘らしき男に邪魔をされ、結局何も出来ないまま家まで送っていくことになり欲求不満極まりなかったのだが

「ほらっ、さっさと行くぞ」

「はーい」

傘を差したまま門の前まで送り届けたところで

「またな」

「うん、おやすみなさい」

再び唇を重ねるチャンスが訪れ、傾けた傘に隠れてひんやりとした白い頬を手のひらで包んだ瞬間

「やあ、今帰りかい?」

「!!!」

ほぼ夜しか外出しない彼女の父親に、少し離れた場所から声をかけられ心臓が止まるほど驚いた

「お父さん!?どうしたの?」

「いやぁ、原稿が行き詰まってしまってね。気分転換に散歩をしようと思って出て来たんだ」

「こ、こんな寒い日に散歩なんかしてたら風邪引くわよ」

「そうだな、今夜はほんとに冷えるなぁ」

「……」

この状況では、当然キスなど出来るわけがなく

「じゃあ、俺はここで失礼します」

「ああ、わざわざ送ってもらってすまないね」

「いえ、おやすみなさい」

「ありがとう、気をつけて帰ってね」

ふたりが家の中に入るのを見届けて、潔くその場を後にした


ところが、翌日の早朝


日曜日ということもあり、いつもよりしっかり走り込みをしようと決めて外に出ると

「おはよう」

真っ白なコートを着た彼女が嬉しそうな顔で、ドアの前に立っていた

「どうしたんだよ、こんな時間に?」

「えっとね、晴れたから嬉しくて。見て、久しぶりにいいお天気…」

彼女が話し終わるのも待たずに

「えっ!?」

眩しそうに太陽を見上げた細い肩を抱き、開けたままだったドアから強引に玄関の中に押し込むと同時に唇を重ねた

「んっ!」

何度も角度を変えながら甘い口内と小さな舌を夢中になって貪っているうちに

「っふ…やっ、ちょっとタイム」

腕の中に閉じ込めた華奢な体が力を失い、膝から崩れ落ちそうになっていることに気がつき

「ごめん」

慌ててキスを止め、真新しいコートごとしっかりと抱きしめ直す

「ううん、大丈夫。あのね…」

上気した頬を俺の胸に押し当てながら、彼女が小さな声で囁いた

「晴れたら着ようって思ってたの、このコート」

「?」

「白いから、お天気悪いと汚れちゃうかもしれないでしょ」

ああ、それで晴れて欲しかったのか

「似合ってる?」

「たぶん、な」

「へ?」

唇ばかり気になって、ちゃんと見てなかったとはとても言えず

「朝日が眩しくて良く見えなかった」

誤魔化すように再び、軽く触れるだけのキスをすると

「ねぇ、そっちの気分は晴れた?」

すべてを見透かしている顔で、光が良く似合うヴァンパアイアが微笑んだ




fin