『sirius 1』
「お邪魔します…」
この冬一番の寒波がやって来た日の夜、彼が我が家にやって来た
「どうぞ上がって、すぐご飯にするね」
玄関で出迎えたわたしは彼の持ってる荷物を受け取ろうと両手を差し出したのだけれど
「いいよ、自分で運ぶから。前に俺が使ってた部屋でいいんだろ?」
そう
今夜、彼はうちに泊まることになっている
なぜなら
「早く直るといいね、アパートの水道管」
彼の住んでるアパートの水道管が冷え込みによる凍結で破裂してしまい、明日までお水が出ないと学校で聞いて…彼はいいって言ったんだけど
『お願いだから今夜はうちに泊まって』
わたしが何度もお願いするものだから、こうしてバイトが終わった後でうちを訪れてくれて
遅い夕食の後で入浴を済ませた彼は、なぜかお父さんの書斎に入ったきり長い時間出て来なかった
「あっ…」
ようやく彼が姿を見せたのはわたしがお風呂から出て自分の部屋へ行こうとした時
「お父さんと何を話してたの?」
なんとなく気になって、一緒に階段を上がりながら聞いてみる
「べつに、大した話はしてねぇよ。プロテストのこととか、バイトのこととか…親父さんに会うの久しぶりだったしな」
「そっか、そうだね」
つまりは男同士の秘密ってわけね
「そんなんじゃないって、ほんとにただの世間話だって」
そう言って客間の前でわたしの頭をポンと叩くと
「夜這いに来るなよ、おやすみ」
優しい顔で笑いながら、あっさり部屋の中に入ってしまった
「夜這いって…」
できれば来て欲しいのはわたしの方なんですが…なんて言えるはずもなく、明日も学校だしおとなしく寝ようとは思ったものの
やっぱり隣の部屋にいる彼が気になって寝付けずにいたら
『カチャ』
かすかに窓を開ける音が聞こえた気がした
「まだ、起きてるのかな?」
なんとなく気になって客間の前で佇んでいたわたしに、部屋の中から彼が声をかけてきた
「そこにいるんだろ?入って来いよ」
やっぱり気づかれちゃった
「おじゃまします」
おずおずと真っ暗な部屋に入ると、彼はこちらに背中を向けたまま窓の外を眺めていて
「外に何かあるの?」
近づいてみても彼はこっちを振り返るもこともなく、ひんやりとした冷気にあたりながら雲の晴れた星空を一心に仰いでいる
「べつに、星が良く見えたから。あそこのすげぇ明るいやつ、なんて星だろうな」
彼が見上げている方向にあったのは
「あれはシリウス。おおいぬ座の中のひとつで、その横にあるのがオリオン座」
「詳しいな」
「小さい頃お父さんが教えてくれたの…ほらっ、うちのお父さんってだいたい夜中に起きてるから。」
だって、吸血鬼だもん
弟が赤ちゃんのころ、夜泣きの声でわたしまで目を覚ますと弟をあやしているお母さんの代わりにお父さんがわたしの相手をしてくれたのを良く覚えてる
「いい親父さんだな」
「やっぱり、お父さんと何かあった?」
相変わらず目を合わせてくれない彼の背中にそっと頭を押し当ててみても、わたしには心の中を読むことなんてできないから…もう一度さっきと同じことを聞いてみる
「なんもねぇって、しつこいぞ」
掠れたような声を聞いて初めて
「!!」
彼が泣いていることに気がついた
continue(次回に続きます)↓