「そうですか」
「ありがとうございます」
差し出された湯飲みを受け取るとにこりと笑みを落とした。
「こちらへどうぞ」
「あなたは」
「困っているのでしょう?それではしばらくこちらで休まれたらいかがです?」
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振り向いたら微笑を浮かべながらたっていた。
伺うような瞳で見つめてもそれが全て流されているようで毒気を取られた。
なぜだか知らないが、気がついたらこの女性の家に上がっていた。
「どうしました?」
「いえ・・・。貴方はなぜ僕を助けたのですか?」
「・・・困っている人を助けるのは駄目なことですか?」
「・・いえ、僕が」
「聞かれたくないこともあるでしょう。無理に聞こうとは思ってませんから」
その女性は変らない笑顔を見せて小首をかしげた。
彼女は僕に何も聞かない。
さっきの質問に彼女は先ほどと同じ台詞を告げるだけ。
最初は間者かと思った。
平家の兵が去った後にあわられた彼女。
僕を匿うフリをし屋敷へ入れた途端兵に囲まれるかと思ったが
「不思議な人ですね」
「そうですか?鬼若くんも結構不思議だと思うけれど」
そう、彼女は僕のことを『鬼若』と呼ぶ。
僕の幼い頃の名前だ。あまり思い出したくもない名。
僕を人としてみない人々が畏怖の目で見ていた名。
だけど、今の僕の名を知られるわけにはいかない。
だからあえて名を幼名で教えた。
「一人でこんな屋敷を持っている貴方のほうが不思議ですよ、咲弥さん」
僕の答えに、ふふ。と笑うと座りながら縁側へ視線を向けた。
庭には花が咲き乱れ優しい風が庭と屋敷を通り過ぎた。
この広い屋敷には彼女以外誰も住んでいない。
そのことが不思議でならない。
何処かの姫君なのだろうか?
しかし姫なら必ず侍従がいるはず。
「また何か考えている」
「ああ・・・。すみません」
「いいのよ。男の人は考えるのが好きみたいですから」
何時の間にかこちらへ顔を向けて、苦笑し放しかける彼女。
そんな彼女を見て一つ頭を掠める疑問。
「咲弥さん」
「はい・・」
「貴方に僕はお会いしたことがありますか?」
「そんなことは無いと思いますけど?どうして?」
「いえ・・・。なんとなく思っただけですから」
「そうですか。ではそろそろ夕食の準備をしましょう。
お腹すいたでしょう?」
「すみません・・・」
彼女は軽く首を振ると準備のために僕の側から離れた。
「そう・・ですよね。僕は何を」
何故だろう?彼女の微笑を知っているような気持ちになった。
彼女には本当の名前を教えたような記憶があった。
しかし
「そんなはずは、ない」