僕がJ2に降格した理由(わけ)-前半戦- | まぐまぐまぐろんブログ・・・略して、まぐロ

僕がJ2に降格した理由(わけ)-前半戦-

・いやぁ、まぐなんかフッキが来る前も居なくなった後も試合内容が良かったので、むしろフッキ不在で良かったなぁと無理矢理プラス思考してました。まぁ、内部でどんなカラクリがあったのか、現場でどれだけバラバラになってしまったのか、試合で無策で挑んでいたのは戦ってる相手が対戦相手じゃなかったからなどなど。いろんな要因で負けたんですね。93年のチャンピオンシップ、鹿島 vs V川崎の試合後の報道では「クラブ力で上回ってる鹿島が勝つべきだ」などと書かれました。あの時は現場に介入してくるお偉いさんがいっぱい居たそうですよ。んで、10何年経ってもまだ現場に介入してくるお偉いさんが居るそうです。お金だけ落としてくれればいいんですけど、それと同時に複数の支持・命令が降りてくると。


・おっとと、ここではすんなり試合内容だけで色々と書いていきたいと思います。柱谷監督の苦悩のシーズン。1年間で何度もチームを作り直すハメになった、そのポイントごとに書いていきたいと思います。1年間でこれだけチームの色を変えなきゃいけなかった事って初めてだね。シーズンを通して同じサッカーやりたかった。


  -第一次:柱谷体制「J2踏襲システム」-

         レアドロ
        (一樹船越)
  飯尾一慶   ディエゴ   廣山 望
 (河野広貴)
      かんぺー  福西崇史
     (大野敏隆)
服部年宏  那須大亮  土屋征夫  和田拓三

         土肥洋一

第1節:川 崎/1-1 ディエゴ
第2節:鹿 島/0-2
第3節:G大阪/1-2 船越優蔵
第4節:磐 田/1-2 平本一樹


・シーズン前は3バックで合宿。服部・福西をボランチに据える3-5-2。更にこの序盤戦でオサマがサテライトで大活躍。1試合で4得点をあげたりと絶好調。今になって思うと、この時期にオサマはデビューを果たしておくべきだったかも。終盤でのオサマはキレが無かった。ただ、この時期は同時に井上 平もハットトリックをあげたり、河野がトップで通じる手応えがあったりと若手も調子は良かった。ちなみにフランシスマールはJで起用は無かった。まず、何で取ったんだよ第1号。いや、1号はレアンドロか。


・開幕当初のメンバー。GKに土肥、右サイドに和田、CBに那須、ボランチに福西、FWにレアンドロとレギュラーの半分以上が新規。結局はJ2終盤で機能し始めた4-2-3-1の布陣を踏襲(とうしゅうと読む)。サイドから攻撃してくるチームには絶大の効果を発揮した。しかし、この布陣を採用した相手「川崎、鹿島、G大阪、磐田」らはサイドを主戦場にしてる相手ではなかったのも運が悪い。結局、序盤戦は未勝利で終わってしまった。


   -第二次:柱谷体制「フッキ復帰」-

         フッキ

  レアドロ   ディエゴ   河野広貴
 (飯尾一樹)        (井上晃誠)
      かんぺー  福西崇史
     (大野敏隆)
服部年宏  那須大亮  土屋征夫  和田拓三
                 (福田健介)
         土肥洋一

第5節:神 戸/1-0 河野広貴
第6節:F東京/1-2 フッキ
ナ ビ:清 水/0-5       *フッキ出場停止
第7節: 柏 /1-5 富澤清太郎 *フッキ出場停止


・フッキを獲得して、さぁこれからというところで退場処分。3試合出場停止という処分。4-2-3-1のままにフッキを無理矢理当てはめた布陣。レアンドロは残念ながら左のアタッカーへ。しかし、この布陣はサイド攻撃を守るのに適したサッカーにも関わらず、両サイドが廣山・飯尾から河野・レアンドロになっただけで柏戦の5失点。人が変わっても同じサッカーを出来ず、サイドでの守備はザルザルになっていた。期待の若手を投入した清水戦でも飯田、晃誠、井上らを起用するが惨敗。


  -第三次:柱谷体制「菅原アンカー」-

       フッキ  レアドロ
           (河野広貴)
         ディエゴ
   大野敏隆        福西崇史
  (柴崎晃誠) 菅原 智 (富澤健介)

服部年宏  那須大亮  土屋征夫  和田拓三

         土肥洋一

第 8節:名古屋/2-0 ディエゴ、河野広貴  *フッキ出場停止
第 9節:新 潟/0-0
第10節:横浜M/3-2 フッキ、ディエゴ、福西崇史
第11節:札 幌/3-1 レアンドロ、ディエゴ、フッキ
第12節:大 分/0-2
第13節:清 水/4-1 OG、フッキ2、レアンドロ  *不発弾撤去
ナビ4節:F東京/0-3
ナビ5節:磐 田/0-3
ナビ6節:F東京/2-4 廣山 望、フッキ
   -Jリーグ中断でキャンプ-
第14節:大 宮/0-2


・やっとこさ、まともなチームになった感じしたんですがね。6試合で4勝1敗1分。波に乗った感じしたんですよ。ところが、ここで悪夢のナビスコ3戦全敗。最初のナビスコで若手を起用したりしていたのに、この3戦は本気メンバー。その本気メンバーで3連敗。しかも、相手はにっくきイースト・トーキョー・ユナイテッド(失礼)。ここらを境に「ブラジル3人で攻めて面白くない」発言も飛び出す。その後のキャンプでは、レアンドロとフッキがキャンプ合流に遅れ、新聞紙上では移籍話が浮上。


-第四次:柱谷体制「ブラジル人ばかりじゃ面白くない」-

       フッキ  平本一樹
     (大黒将志)(飯尾一慶)
         ディエゴ
   レアドロ        福西崇史
  (大野晃誠) 菅原 智

服部年宏  那須大亮  土屋征夫  かんぺー

         土肥洋一

第15節:千 葉/3-0 フッキ、柴崎晃誠、ディエゴ
第16節:京 都/0-1 *大黒デビュー
第17節:浦 和/2-3 フッキ、ディエゴ   *フッキ帰国


・わずかの3試合だけの布陣です。これでちょうど前半戦が終わります。この頃にフッキを途中交代させる試合が続き、新聞報道の通り「移籍の話」が現実味を帯びてきました。奇しくも、ここらでブラジル3人だけで攻めて面白くない発言の通りに「ブラジル3人+平本一樹」という構想に入る。このサッカーは成功するしないに関わらず、わずか3試合で終了する事となる。



・とまぁ、今日はここまで。残りは後半戦と題して、数日のうちに書きます。そういや、小湊さんは今年のラウンド・テーブルで「1969」という呼称を外す件について、「絶望を乗り越えたシーズンを忘れない様に」「3年後には変えて良かったと思ってるはず」って1年経たずに再び絶望来ましたけど。さすがに今度はチーム名を変えるとかの選択じゃなく、アナタ達を変えるしかないでしょうね。クビにするという意味ではなく、日テレからの複数の支持・命令に常にYesではなく、現場にどれだけの影響を与えるか評価できる人材の派遣を。更に現場の意見を汲み取れる様じゃないと。すべてを汲み取るのは無理でしょうが、無理と言った後にフッキだの、大黒だの言われても。更に取ってきておいて売るなよ。