私が、生きる理由 | 三匹の忠臣蔵

三匹の忠臣蔵

日々是好日。
お弁当ブログだった「お弁当にはたまご焼き」からリニューアル。
映画レビューを中心に、日々思いついたこと、感じたこと、趣味のことを書いてます。

これも邦題で損した作品で、原題は「今日」。
とてつもなくハードな内容で、生きる理由なんか微塵も語っていない。
「死から逃げるために、心に赦しの麻酔をかけて怒りを眠らせた」ジミン(ナム・ジヒョン)の何気ないセリフが核心をついており、五寸釘を打つように響いてくる。

自分の誕生日に婚約者サンウ(キ・テヨン)をバイクのひき逃げ事故で失ったダヘ(ソン・ヘギョ)は、許せば皆が幸せになると信じ、嘆願書まで書いて加害者少年を許すことにする。

 

葬儀の日に、ダヘの気持ちが理解できないサンウの姉(チン・ギョン)から「私の気持ちが理解できたら開けなさい」と小箱をもらう。

死んだ人のために生きている人を殺す死刑に対し、生き残った人は生きていかないといけない。だから許せという。
修道女の言葉が他人事で虚しく聞こえる、一度許してしまうと遡れないのに。

 

そもそも「赦す」ことをなぜ他人が意見するのか。
ただ、忘れないといけないのは事実。

そして1年後、「容赦」という主題でドキュメンタリーを企画し、事件の被害者を訪ね撮影を始める。ジミンはそんなダヘが理解できない。
撮影を続けるほどに、自分が許したひき逃げ少年を思い出すダヘ。

少年の両親との約束通り、誠実に生きていると考え撮影を進めていると、偶然に耳にした少年の便りに、大きな衝撃を受けることになる。
憎むより許すほうが自分も楽になると思って赦したのにな。

 

しかし、単なるひき逃げではない、明らかな殺意を持った”二度引き”。これで赦すか?
ダヘは刑事から犯罪者の実態を聞き、これまで教会で聞かされていた内容と違ったことに戸惑い、ここから先はダヘの愚かさだけがクローズアップされる。

理由のない赦しは罪、だから理由を探す。
仏壇やお墓の配置はすべてこちら側を向いていて、赦すとはそういうことではないかな。忘れるということも。