上目づかいの日々終わらせるため 2023/12/6 05:00 | 徒然なる儘に・・・
    オンラインで取材に応じる周庭氏

    戦後を代表する詩人、茨木のり子に『もっと強く』という一編がある。苦い読後感を覚える一節をここに引く。<なぜだろう/萎縮することが生活なのだと/おもいこんでしまった村と町/家々のひさしは上目づかいのまぶた>。

    ▼ものを言えぬ時代は、わが国にもあった。得難いはずの「自由」の上にあぐらをかく戦後の世の中を、詩人はそれゆえ厳しく批評した。何ものにも縛られぬ伸びやかな言葉と詩風が、「萎縮」の時代が生んだ反作用であったことは想像に難くない。

    ▼上目づかいの人生に、終止符を打つためだろう。留学先のカナダから「香港には一生戻らない」と悲壮な覚悟を打ち明けた。香港で「民主の女神」と呼ばれた元民主活動家、周庭(アグネス・チョウ)氏である。その人の無事な姿に安堵(あんど)を覚えつつも、複雑な思いを禁じ得ない。

    ▼2014年の「雨傘運動」など香港民主化運動の先頭に立ち、逮捕、禁錮刑を経て2年余りの沈黙を続けていた。再び司直の手にかかるのではないかと、出所後もおびえていたと聞く。春秋に富むはずの若者が負ったのは一生消えぬ心の傷だった。

    天安門事件など若者の血を吸った忌むべき歴史が中国にはあり、その支配は香港にも及んでいる。周氏は、留学と引き換えに愛国教育を受けさせられた―と自身の体験も語った。言論、人権、選挙。いまの香港は、すべてが中国のコントロール下にあるとする指摘が重たく響く。

    ▼上目づかいを装いながら、それでも当たり前の権利を願う若者はいよう。遠くから同志を思う周氏の胸中は察するに余りある。小紙に語った夢は「自由に生きたい」だった。「普通」を許されない人々がわれわれの近くにいる。目を伏せてはならぬ現実である。

     

     

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