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とぶとりの成瀬のブログ

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ふとブログを書いてみようと思いついたので書いてみる。
なぜ思いついたかはわからない。
そしてブログが何か分かっていないがおそらく日記と同じだろう。

昨日は朝まで大学のゼミ仲間と酒を飲み千鳥足で帰宅した。
二日酔いで目覚めたのは昼の十二時だったが、昨日は私が受けている数少ない授業のうちの一つがあったためわたわたと登校した。
授業を右から左へと聞き流した私は学生食堂でカレーを食べた。
学生食堂の売りは安さでありカレー(中サイズ)は250円で食べられる。
その後は大学生協の本屋で就活に役立つような本を立ち読みして就活している気分に浸って満足した。
周りの様子を見ていると皆なんだか就活を怖がっているような印象を受けるがそもそも就活はそんなに必死になることなのだろうか。
面接対策エントリーシート対策と血眼になって企業に良い顔をしようと頑張っている。
私たち学生には企業に選ばれる以前に企業を選ぶという最も重要なことがあるのを忘れていないか。
職業選びは自分がやりたいことやできることやどう生きたいかということを基準にするのではなかろうか。
それを企業に合わせて無理矢理志望動機をつくったりしてどうするのだろう。
自分はどこにいるのだろう。
やりたくもない仕事をして長く続くのか。やりたくもない仕事を我慢してやって我慢して働く自分は偉いと自分に思い込ませるのか。
就職は目的ではなく手段だということ忘れてはいけない。
生きたいように生きるための手段の一つであり強制されるものではないし他の手段を選ぶこともできるのだから、学生のうちは面接対策等に時間を使うより自分がやりたいことに時間を使いできることを増やすのが未来の自分に対する一番の投資ではなかろうか。
それに付随して就職先は決まるのではなかろうか。
しかしそういった事は全部個人の自由だからその価値観を他人に強要することはできない。不自由になるのも自由だし不自由を自由と思うのも自由なのだ。

そんな考えればきりがないことを考えていると本屋の店員が立ち読みをやめろと言わんばかりに本棚の整理をはじめ私のテリトリーを大胆に侵しだした。
40代後半と思しきその女性店員は立ち読みしている人々のテリトリーを鬼の形相で侵しまくり人々が嫌になって立ち読みをやめるとありがとうございました~と嫌な声で言い放つ始末。
一人の店員が悪印象を与えると他の店員がいくら良い接客をしても意味がない。
顧客をもっと大切にしろ。生協は既得権益にぶら下がって競争を知らないからあのような行為が許されるのか。
立ち読みしかしない客かどうかもわからずに客を不快にさせるなど言語道断。
彼女はなぜあの仕事をしているのだろうか。
私は非常に残念な気持ちになり悲しくなったが決して立ち読みをやめなかった彼女の思い通りになどさせてたまるか。
もう生協だけが権力を持つ構造を変えなければならない学内に紀伊国屋書店を入れろすき屋を入れろセブンイレブンを入れろ!!

それからはフラフラと大学界隈を歩きながらくるりを聴いた。
羽州街道を通り品川町富士見町桜林町と何の目的もなく動いていると、富士見町の小さな路地に面している富士見アパート(?)とかいうボロアパートの窓から一匹の猫がこっちをみていた。
猫好きの私は吸い寄せられるように近寄って行ったのだが、驚くべきことにその部屋には猫が15匹ほど雑居していたのである。
私に気づいた猫たちは珍しいものを見るような目でかわいく私を見つめた。
こんな夢のようなアパートが実在していたことを知り私は秘密のダンジョンを開拓していくゲームの主人公になった気分になった。
写真を撮り猫たちに別れを告げたが今日から私のお散歩コースにこの小さな路地が加わったことは言うまでもない。

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さらに歩き土淵川のほとりの洒落た店に場違いではないかと臆しながらも入店しウイスキーなんぞ飲んでみた。
二つ隣には髪を肩までのばし丸いメガネをかけた芸術家のような30代前半とみられるおじさまが座っていてやはり私は場違いな人間だなと思っていると、私よりはるかに場違いだと思われる雪をかぶりびしょぬれになった小太りの男が入店したので場違い等というのはただの言葉でありそんな実体のない空気のようなものに臆していた自分はなんて小さい人間だろうと悲しくなった。

その後もくるりを聴きながらいろいろなことに思いを馳せ歩いた。
歩くことはゆっくり考えることや新しい視点を得ることにもつながるので大切にしようと思った。
晩御飯は実家から送られてきたジャガイモでつくったフライドポテトをたくさん食べた。