大気汚染 | キッチンラーメンのブログ

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思いつくまま、つれづれに

中国の大気汚染がとんでもなく酷い状況に陥っているようですね。

新聞やテレビの報道によると大気汚染が原因で既に数千人の死者が出ていると言います。しかし、この情報、どこまで信じていいのか、ちょっと悩んでしまいます。もっと少ないのかもしれませんし、多いのかもしれません。

この死者の数ですが、そもそも大気汚染を原因とする根拠がどんなものなのか?また、人口すら推定でしか把握できていない中国が、どのようにしてこの数字を把握したのだろうか?と私の頭の中には??マークがオンパレード。

大地震や災害などで多数の死者が出たときも、全人口から見たら大したことではないというような人命軽視発言が指導者と呼ばれる人物の口から発せられます。13億人を超える世界第1位の人口をかかえる中国にとって、国民は消耗品とでも位置付けられているのではないかと勘繰ってしまいます。

それはともかく、中国発の大気汚染物質が国境を越えて朝鮮半島から日本列島にまで到達するというのですから、もう他人事ではありません。私が住む関西地方には既に影響が出ているようですから迷惑千万と言わざるを得ません。ほんと、中国って国は・・・。

しかし、日本も偉そうなことは言えません。大気汚染公害の先駆者ですから・・・。

幼い頃、父に手を引かれて珍しく「お出かけ」したときのことでした。
工場の何本もの煙突から黒い煙がもくもくと立ち上っているのを見た私は父に尋ねました。
「あんなに煙が出たら一杯溜まって空が見えなくなってしまうんと違う?お日様が見えなくなったらどうしよう」
父は笑って
「子供やなあ。心配せんでもすぐに消えてしまうから大丈夫や」

「けど、どこに消えるの?大人になったらわかるのかなあ?」
口には出せず、小さい心に釈然としない思いが残りました。

私が大人になるのを待つことなく答えが出ました。残念ながら、子どもやなあと言われた私の懸念が当たりました。

大気汚染が大問題となり、公害という言葉が大きくクローズアップされたのです。

特に大阪は「煙の都」と称されるほどで、光化学スモッグが発生。光化学スモッグ情報が発令されると、学校でのプールの使用が中止されて、できるだけ外出も控えるようにと言われました。当然の結果として、工場地帯に近いところに住む人たちの中に呼吸器の不調を訴える人が続出しました。

「霧の都」と呼ばれたイギリスのロンドンと肩を並べたような錯覚に囚われ、変な優越感さえ味わっていた「煙の都」大阪は勿論のこと、日本中が現実に目を覚まさなければなりませんでした。

その後の排出規制などによって時間と費用はかかりましたが、現在の日本では比較的大気汚染は解消されたように思います。

高度経済成長期を迎えていた日本では避けては通れない道だったのかもしれませんが、環境や人命を犠牲にして産業・経済を優先したツケは大きかった。

一時期の韓国もそうでしたが、経済成長に躍起の現在の中国も歴史に学んでほしいものです。他国の歴史も真摯に、です。

昨日は仕事の関係で大阪市内に8時間ほど滞在しました。ほとんどは室内で過ごしたのですが、午後になって用事で外出し、1時間ほど外を歩きました。晴れているのに心なしか景色がかすんで見えましたが、後半頭が重くなってきたように感じ、鼻の奥に違和感を覚え始めました。

室内に戻ってからも、風邪の引き始めとは少し違った違和感は消えることはありませんでした。

晴れていて夕焼けが美しいはずの時間帯に郊外の(と言っても大阪市からそれほど離れていませんが)自宅に戻りました。

中国からの大気汚染物質に起因するものであるならば、大阪市内と郊外とで違いはないのは当然で、私の住む町でも遠くが霞んでいてクリアーな夕空とは違うものでした。帰宅してすぐにいつもより念入りに「鼻うがい」をして少しスッキリした気分を取り戻すことが出来ました。

日が代わって、この文章を書いている今も、外の景色が霞んで見えます。いつもなら遠いけれどもくっきり見える六甲の山々も霞の向こうにぼやけています。決して曇りがちだからという天候のせいばかりとは思えません。確証はありませんが、やっぱり、中国の大気汚染物質が影響しているのでしょうか?

もう少ししたら、黄砂も飛んでくることでしょう。それに加えて花粉の季節もやって来ます。「複合汚染」という懐かしくも忌まわしい言葉が頭に浮かびます。

そろそろウォーキングに出たいのですが、今日はやめておこうかな?
中国の大気汚染は私の気持ちにまで影響を及ぼすのか、と霞んだ遠くの景色を焦点の定まらない眼でぼんやりと眺めています。


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