マハカム河のほとりで ~インドネシア熱帯雨林滞在記~

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2010年02月27日

まとめ

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2009年12月26日

秘境トバ湖で

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 インドネシアでバリ島が「最後の楽園」なら、トバ湖は「知られざる楽園」である。このトバ湖のアルミ精錬工場の動力源を確保するため、日本のODAは4千億円の資金を投入して水力発電所建設に協力したという。ここで精錬されたアルミの大半は日本に運ばれている。

 秘境トバ湖の水が230メートルの落差でアサハン川に落下する雄姿を見たかった。ボルネオ島を流れるマハカムの黄色の水の色にも飽きていたし。

 スマトラ島のメダン空港から湖までは180キロ。油椰子とゴムの木立ち、その合間にココアの畑が延々と続く。

 標高920メートルのカルデラ湖を囲む外輪山の丘にタクシーが喘ぎながら登りつく。眼下に広がる紺碧の湖面を見下ろした時は観激した。

 水は澄み、乾期の蒼空を映していた。



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2009年12月25日

スマトラの自然 メルクシマツの天然林

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 針葉樹は寒い土地に生息する樹木と思っていたが、ボルネオ島やスラウェシ島に植えられているのを見た。珍しかった。これはメルクシマツと呼ばれ演習林の苗畑にもラワンの被陰のため植えられている。スラウェシでは山岳地の治山造林の樹種とされていた。これらのタネはスマトラから取り寄せるとも聞いていた。

 トバ湖までの6時間の旅では、単調な田園風景と油柚子やゴム園が数10キロにわたって続く。湖に近付き山道は急勾配になり、標高800メートル付近からメルクシマツの天然林が出現する。削り取った崖ぷちに稚樹が更新している。日本のアカ・クロマツの天然更新似ている。トバ湖を取り囲む外輪山からの土石流を防ぐため、岩盤の露出した急斜面にルメクシマツの人工林が造られていた。



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2009年12月24日

マカッサル海の帆舟

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 州都ウジュンバンタン(椰子の木のある岬の語意)は、スラウェシ島にある港で、大型客船がカリマンタンとジャワを結んで発着している。現在は漁業の町だが、昔はオランダと覇権を争ったマカッサル族の伝統を汲む舟乗りの住む港町。波の静な港には、2本マストの舟(Pinisi)が群れを組んで停泊している。これらの舟は、昔から設計図なし釘なしで造船されている。

 港のはずれで、裸の男が背中に汗をにじませて小舟にペンキを塗っていた。訊ねると「2艘ともオレが半年かけて造ったのだ」と胸を張った。

 陽の沈むころ、海辺の涼しい風の吹き抜ける日本料理店で、久しぶりにイカ、カツオ、マグロの刺身を食べた。その後で、名産の乾燥ナマコの最上品を留守宅に送った。



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2009年12月23日

二人のメイド

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 スミアチの夫、スアミイから電話があった。「ミストールにはお世話になった。官舎が空いたので入居できる。スミアチをこれから迎えに行く」と。すでに予告があったらしく彼女は引越しの準備を終えていた。傍らでサリアムがベソをかいている。開くと、「サリアム心配」と言う。用法に誤りはあるが、彼女たちが覚えた数少ない日本語の一つだ。しばらくして、スアミイが、軍隊の勤務あけに内職をしているビスタクシーを運転して荷物を運びに来た。サリアムは荷運びを手伝いながらも、まだ泣きじゃくっている。そういえば、矢幡リーダーからこの借家を引き継いだとき、伯母がこの家のメイドをその時点で辞めたので一人ぼっちになり、スミアチが他家から転職してきたのだ。サリアムは彼女から妹のように可愛がられて来た。一人になるのが淋しいのだろう。その場で私は「もう一人ペンバンツウに来てもらうから」となだめた。

 昨晩、スミアチを部屋に呼び、7月分給料、これと同額の退職金、謝金を渡し、これからの予定を聞いた。「1週間後にジャワの実家に帰り、7才の長男を連れてサマリンダに戻り、12月頃にお産をする」という。「健康に暮らし、丈夫な赤ちゃんを産みなさい」と励ましておいた。

 わが家の前には小学校があるのだが、新学期のある朝、父親の自転車の背に乗り登校してきた一年生の男の子が、子供を降ろして帰りかけた父親の後を泣きながら追いかけたことがあった。その時、私を玄関まで見送りに出ていたスミアチが泣き出した。おそらく、彼女は親元に預けて来ている我が子のことを思い出したのだろう。

 早婚はインドネシアでは珍しいことではない。スミアチはジャワで先夫と別れたのが15才の頃。過密人口のジャワ島からボルネオ島に出稼ぎに。サマリンダで再婚した。まもなく、長男を連れ帰りサマリンダで新しい家庭を築く。大変だなあ、と思うが、この国では、ごくあたりまえの人々の暮らし。

 翌日、サリアムの希望を汲み、岩田宅を退職して、一度ジャワに帰っていたノルをスミアチの後がまとして雇うことにした。



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