『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』ジェネレーションZのハードな日々 | シネマの万華鏡

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A24新作

『ルーム』『ムーンライト』『レディ・バード』など話題作を次々に配給(『ムーンライト』は製作も)し、設立からわずか数年で世界的に名を馳せたA24の新作。

今回は元YouTuberで俳優・脚本家でもあるボー・バーナムを監督に迎えての製作。こちらも話題を呼んで、主演のエルシー・フィッシャーがゴールデングローブ賞にノミネートされています。

監督のボー・バーナムは現在29歳で映画初監督、登場人物たちも殆どがティーンということで俳優陣も日本での知名度はないにもかかわらず、上映館49館とそれなりの規模。

A24の「若さと新しさ」を前面に出したラインナップが、日本でも認知され、受け入れられているということでしょうか。

 

本作の感想を一言で言うなら、「映画界にもSNSが押し寄せてきた」(笑)

もうとっくに日常はSNSに乗っ取られているし、映画だってリアルタイムの現代ものならSNSが登場しないものはないほどですが、映画製作の姿勢にもSNSが影響を及ぼし始めていることを実感させられる作品でした。

考えてみれば、いわゆる「ジェネレーションZ」と呼ばれるSNS世代がもう映画作りにも参画し始めているんですもんね。

 

あらすじ(ネタバレ)

主人公のケイラ(エルシー・フィッシャー)はミドルスクールの3年生、父親と2人暮らし、そして、実はひそかなYouTuber。

「ひそかな」を付けたのは、ケイラの動画はまるで人気がないから(笑)チャンネル登録者ほぼなし。クラスでも目立たないケイラが、YouTubeでだけ目立つわけがない。この辺はしっかり現実とリンクしてるわけです。

 

美人でクラスの人気者女子ケネディはケイラを嫌ってる。ケネディの母親から強引にケネディの誕生日パーティに招待されたけど、めっちゃアウェイで帰りたい!

男子の人気者ポジションにいるのはエイデン。エイデンを見てる時、ケイラの中では大音量の音楽が鳴りっぱなし!

クラスの子たちのfacebookにいいね!したりとケイラは家でも友達付き合いが忙しいのに、何かというと話しかけてくる父親、ちょっとウザい。

ハイスクールの体験入学で知り合った4歳年上のお姉さん、夜男の子とモールに出かけたり、めっちゃ大人!クール!

そんな、困難がいっぱいだけど新しいこともいっぱいな日常の中で、イケてる女の子・イケてるYouTuberを目指すケイラのちいさな挑戦を描いた作品です。

 

世界に自分を発信しながら成長する世代

 

「ヘイ、ガイズ! ケイラの動画です。」とPCに向かって語り掛ける「ケイラの動画」の場面から始まるトレイラー、印象的ですよね。映画の中でさらに動画の中の主人公を見せるなんてのは今やよくあるスタイルですが、YouTuberな中学生は私たち世代には新しい。

YouTuberケイラの日常には、「現実の自分」と「YouTubeの中の自分」とがパラレルに存在します。彼女が発信しているのは、同世代に向けた「イケてる子になるには?」のハウツー。そのために一歩前に踏み出すにはどうすればいいか?」をカメラ目線で語ります。

でも、今のところイケてる子とは言えないケイラのスタイルは、「私がお手本よ」な発信ではなく、自分も視聴者と同じ側の1人として実践していく、というもの。

YouTubeの視聴者には見えない「ケイラの実践」の部分を、映画ではYouTubeとパラレルで見せていきます。

 

ケイラがYouTubeの中の人としてしたり顔で発信してる内容をケイラ自身がどう実践してるのか? なんだか舞台裏をのぞき見るみたいな面白さ。

理論と実践の壁にぶつかったケイラと一緒に「うへぇ・・・」となったり、失敗しても再挑戦するケイラを見て、頑張れ!とこぶしに力が入ったり。

ティーンから30代前半くらいまでならケイラに感情移入するんだろうし、それ以上の年齢になると彼女のパパのほうに感情移入して彼女を見守る感じかな。私は当然ながら親目線の見守りスタイルで、彼女のささやかだけどすごく勇気が必要なチャレンジを応援していました。

 

昔の子供は通信簿くらいしか自分の評価を数字でつきつけられる場面ってなかったけれど、今はSNSで友達の数だのいいね!だの数値を突き付けられ、人気の差が見せつけられる。別にそんなもの本当の価値とは関係ないし、数だけ集めることはいくらでも可能だってことは大人なら知ってるけど(むしろ子供のほうが知ってる?)、そういう世界に子供時代からどっぷり足を踏み入れなきゃいけない今の子、大変ですよね。

SNSでの人気なんて見せかけのもの!こんな世の中どうかしてる!とわめいてみても、始まらない。

今や完全に社会の一部になったSNSを否定せず、その中で自分はどうしたら自分らしく生きられるのか?をケイラは前向きに試行錯誤していく。

子供YouTuberという存在に顔をしかめる大人もいるかもしれませんが、それってむしろA24の思うツボ。

A24はティーンの感覚を前に出して成功した会社。その感覚を失った者に用はない。そういう強気の姿勢なんですよね、たぶん。

煽り上等、おじちゃんおばちゃんは置いてけ堀においてかれます。

 

こんな時代の、親の役割

 

もう1人、一部の大人が顔をしかめそうな人物が登場します。それは、ケイラの父親。

そもそもケイラには母親がいないわけですが、母親がいなくてもケイラは立派に育ってる。

世のお母さん方にとってはショックなんじゃないかと思うくらい、母親を恋しがってもいないんですよね。

彼女は男の子に「フェラできる?」と言われればネットでハウツーまで調べ上げるし(映画の中で実践シーンはないので安心してくださいね)、未知のことを教えてくれる役割としての親は必要としていないんですよね。むしろ彼女のようなネット世代の賢い子にとっては親は「何かを知ることを阻む存在」でしかないのかも・・・

 

そしてケイラの父親はと言えば、もう全く威厳なし。夕食のテーブルでケイラがスマホをいじっていても注意もできない。「父親たるもの~」と語る昔ながらの父親論をお持ちの方から見れば、間違いなく父親落第でしょうね。

でも、ケイラが前向きに生きていけるのは父親がいるからなんです。実は彼はケイラにかけがえのないものを与えてる。

SNSで誰にも評価されないケイラは、一見世の中に愛されていないかのようだけれど、父親の愛情だけは絶対のもの。父親だけはケイラのファン

現実が辛くなった時、

「ねえ、焼きたいものがあるの」

と夜中に父親を起こしても、ちゃんと付き合ってくれる。

「何を焼いたの?」

「わたしの夢と希望よ・・・」

ケイラが安心して弱音も吐ける相手でもある。

あ~・・・この父親って母親なんだな、と思いました。ケイラにはちゃんと母親がいるんだと。

見守ることと愛情を伝えること以外は何もできない父親だけど、最低限絶対に必要なものってそれ以上に何かあるんだろうか?という気もしてきます。

 

親のやってきた通りに生きていれば間違いないという時代はとっくの昔に終わってる(多分江戸時代くらいにね)、そして時代が変わっていく速度はどんどん早くなっている気がする今の時代、親の役割って何だろう?なんて考えてしまいました。

親でもないのにね。

 

リア充じゃなきゃ意味がない

 

監督・脚本を手掛けたボー・バーナムは元YouTuberだけあって、きっとSNSでバズった経験もある人なんじゃないでしょうか。

この作品のコピーも「わずか3週間で4館から1084館に」という、バズったものに飛びつく今時の大衆心理を捉えたもの。ていうか、実際バズったわけですよね。

 

例えばツイッターでバズるつぶやきが、ニュース価値のあるものや完全に奇をてらったものを除けばごく当たり前のつぶやきだったりするのと同じく、この作品も、YouTubeというフィルターを通してはいますが、本当に普通の中学生の日常

夜のモールでの高校生との会話シーンもケイラにとっては「初めての大人体験」かもしれないけど、ちょっとダレる。帰りの車の中での出来事も予想はついたし。

じゃ、面白くないのか?って言われると、これが面白いんですよ。

「イケてないケイラ」のイケてなさが可愛いし、共感する。イケてなさに対する見方がちょっとだけ変わる気がするくらい、ケイラのイケてなさって可愛いんです。

いやこの期に及んでその水着の色は?そのカタチは?みたいな水着を着込んでケネディん家のプールサイドに乗り込むケイラの、「あーやだやだやだやだやだやだ」と文字が浮き出しそうな丸まった背中もクスッと笑えるし、すごくいとおしい。

これか、YouTuber監督の底力って。

目玉になるスターもいない日常だけの映像で面白く見せるセンス、凄いもんです。

自然体の面白さで集客できることを知ってるYouTuberが映画界に進出してくると、スターのキラキラ感がウリのハリウッド映画の脅威になりうるのかもしれないですね。

 

ラストの〆め方がまた、なかなかの腕前。

卒業式で女の子がやっておきたいことと言えば、アレ。普通はそう思います。

ところが、やっぱりアレか~アレだよな・・・と思わせておいての、意外なアレ。

それも、胸がすくことをやってくれるんですよね。

しかも、最後に作品のメッセージを明確にしてるという意味でも秀逸です。

考えてみれば、ケイラの動画はリア充であるためのハウツーであって、SNSで人気取りするためのものじゃない。地に足がついた人間関係あってのSNSというスタンスをきっちり見せて終わる匙加減の付け方に脱帽でした。

 

SNS世代のリアルとバーチャルのバランスの取り方、ドラマ性のある新しい素材ですね。今後このテの作品が増えそうな予感がします。

 

 

備考:上映館数49館